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□Un odorato
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あれは きっと死神だったに違いない。




「武くん」

にこにこといつも通りの笑顔で俺の名を呼ぶその人は 立派で高そうなソファに足を組んで、頬杖をついて 手招きしている。
彼の隣に腰を下ろすと 首に手を添えられて唇にキスを落としてくれた。


季節は何時だろう。
もうだいぶこの部屋から出ていないので、時間の感覚がおかしくなってしまった。
更には映像か何かが窓のスクリーンに映されているからか、風景はまったく変わらない。昼にも夜にもならずに どちらともつかない雨の日の暗く重たい風景が始終見えている。
そして気付くと ソファにはいつも白い彼が居て、にこにこと笑っているという日々。
その 変わらない毎日に安心感を覚えてしまっている俺は、だいぶおかしくなっているんだろうと思う。

なんだか寂しくて、思わず目の前の彼にぎゅ、とすがりつくと 優しく抱き締め返してくれた。
彼の胸に顔を埋めて、すん と空気と一緒に匂いを吸い込むと、嗅ぎなれた匂いが鼻孔に染みた。

「...びゃくらん」
「ん」

名を呼んでキスを強請ると、察してくれたのか ちぅ、と軽く唇を吸ってぺろりとひと舐めしてくれた。
俺は首に手をまわして 自ら舌を絡めると、愛しさと心地よさで胸がきゅんとした。

キスを終えて少しの間視線を交わしていると、ふいに 俺の顎に添えられていた彼の手の親指が、顎の古傷の痕をなぞった。
それがどうしようもなく嫌で、くすぐったくて 手首を掴んで阻止すると、その親指を甘噛みしてやった。
ごめんね、と髪を撫でるから また愛しくなって、抱き付いて彼の首にすりすりと擦り寄った。
そして またすん、と匂いを体に染み込ませた。
すると ふいに白蘭がにこり、と笑って口を開く。

「武くんってさ、僕の匂い嗅ぐの好きだよねぇ」
「うん」
「どんな匂いするの?」
「んー...分かんね」

答え兼ねてそう言うと、可笑しそうにはははっと笑ってくれた。
そんな様子を微笑ましく眺めてから 俺は、でも と呟いた。

「でも。...色んな匂いがするのな。」
「へぇ...?」

何となく懐かしくて、泣きたくなるような でも、甘酸っぱいような、恋がしたくなる匂いで 更には寂しくて、切なくも思える。
孤独でひとりぼっち、何もない世界に、死んでしまった生き物達の屍骸と
そして全てを覆い隠し あたかも何もなかったかのように見せる白のような。

全て言い終えて 始めて気付いた。
あぁ、これって 10年前の―...

「四季の、匂い...なのな」
「四季?」
「...うん...」

そうだ、ヒバリに獄寺にツナに骸...あぁ、あの時の。
懐かしい中学生時代を脳内で鮮やかな映像として蘇らせる。

いつも傍にはツナと獄寺が居て、気付いたらヒバリだって居てくれて 肩にはいつも小僧が居たし、周りには親父だってチビ達だって部活のメンバーや顧問が居て
落ちこんだ時には骸が励ましてくれたし、笹川先輩はトレーニングのアドバイスをしてくれた。クラスメートともよく騒いでたし...
あぁ、下校途中によく寄った駄菓子屋のばあちゃんに 店の常連さん、商店街の組合の皆さん。

色んな物事が胸の内から込み上げて、思い出として脳内で映像化される。
まるで今までソレを封印されていたかのようだ。
すると 急に皆に会いたくなって、並盛に帰りたくなった。
俺は はっとして白蘭と向き合うと、その目を真っ直ぐと見据えた。

「悪ィ、白蘭。俺...並盛に帰らねぇと。」
「なんで?」
「俺が...もと居た場所、だし もう...帰りたい、のな」
「僕を置き去りにするの?」
「え?」
「武くんは僕をひとりぼっちにしたいんだ?」
「いや、そういうわけじゃ...」
「ダメだよ」

俺の言葉を遮るように 強く発せられたその言葉に俺は思わずびくっと震えてしまった。

「君を離したりはしないんだから。何処にも行っちゃダメ。」
「なっ、そんな...」
「君の意見なんて聞いてないよ」

そう言って、逃げ出さないようにがっちりと俺の腕を掴んで離さない。
それに少し怖くなって 嫌々と首を横にふる。

「お願い、白蘭 放してくれよ...!!」
「やだ」
「帰って来るから、絶対 帰って来るから!」
「そんなの信じられる根拠がないよ」
「嫌、やだ 離し、て」
「...そんなに僕が嫌い?」
「そう、じゃな...っ、ぅ」

思わずぽろりと涙が零れた。
怖くて、寂しくて、切なくて 悔しくて。
俺は無理矢理腕を掴む手を振り解くと ベルトを締め直しながらも駆け出した。
しかし何日もちゃんと歩いたりする筋肉を使っていないものだから、体が鈍って動かない。
自分の足につまずいて倒れこんでしまった。
すかさず背中を白蘭が踏みつけて 身動きが取れなくなった。
まるで子供のように バタバタと手足を動かして逃げようと試みるが、首を抑えつけられて動けない。

「ひば、り...ツナ、つなっ」
「...誰の名前呼んでるの?」
「うぁ、嫌...っ、ごくでら むくろ、っ...おや、じ...たすけ、ぐっ」
「ねぇ、なんで僕の名前じゃないの?」
「がっ、ぁ...離し、ぁ」
「酷いなぁ。僕の名前は呼んでくれないんだ?」

足でぐりぐりと踏みつけられ、首を上からぎゅうぎゅうと抑えつけられ
呼吸をするのもやっとだ。
あぁ、このまま死んでしまってもいいかな と一瞬思ってしまった。

「だいたいさぁ、もう居ないヒトの所へどうやって帰るの?」
「っ、え...?」
「あれ、知らなかったんだ。君の言う、『もと居た場所』の人たちはもう居ないよ」
「え、ぁ...嘘...」
「嘘じゃないよ、だって」

僕が殺しちゃったんだもん

可笑しそうに、酷く綺麗な笑顔で 彼は言った。
俺は 思考が働かなくなって、抵抗する気力も失せた。

そして、意識はどこかへ遠退いていった。

















白蘭は 真っ白の毛布にくるまって、静かに寝息をたてている愛しい存在を見つめて にっこりと満足げに笑みを浮かべた。

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