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□茜
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きらきらと 揺れる

「ヒバリ!」

太陽の、ような

「ありがとな」

ひかり






外で、きゃあ という、楽しげな声がした。

陽射しは優しいものではなくなっていて、じっとりとシャツに汗が滲む。
そんな、季節。

もうすぐ夏休みとなり、学校中は恋色に染まりつつあった。
そこらじゅうで顔を寄せ合って、誰が好きだとか 誰と誰が付き合ってるだとか
そんなことを。
科学部なんていう、文科系な 青春には無関係な男子たちは、そんな奴らを見て唾を吐く。
そういう奴に限って早く結婚したりするものだが。

そんな輩の群れを、僕は鬱陶しく思って 日々風紀委員の名のもとに、荒々しく蹴散らしては優越感に浸る。
僕なんか、ずっと独りでいい。

このまま、ずっとひとりで 一匹狼気取って、かっこうつけて。
この並盛で冷血無比な孤独の王として君臨し続ける。
あぁ、なんて 素敵な 世界。



そんな 僕が。



...なんて、ね。




カッキィーン

校庭周辺の見回り。
弾けるような金属音がして、フェンスの近くを歩いていた僕の視界の中に 白いボールが飛び込んできた。
すると、砂を蹴って駆け寄ってくる音。

「ヒバリ!」

僕の名を呼んだ声のほうへと視線を向けると、よく見知った姿があった。

「なに」
「悪ィ、そこのボールとってくんね?」
「は?君、僕に命令するつもり...」
「一回だけ、な?おねがい!」

山本武は、手を合わせると よく見せるくしゃんとした笑顔をした。
僕は、仕方ないな とため息をつくと、足元に転がっている砂だらけのボールを広いあげて
空高く放り投げた。
それは上手くフェンスを垂直に越えて、すとんと彼の手の中に納まった。

「じゃぁね」
「あ...な、おい ヒバリ!」

今度はなんだ、と少し不機嫌になって 僕は振り向くと、さっきよりもにこにこと彼が笑って
こちらに手をふって、言った。

「ありがとな」

それはもう、きらきらとした。
花のような笑顔で、嬉しそうに。

僕は、それになんだかむしゃくしゃとして 何も言わずに背を向けた。
いつもより早足で、大股で 僕は見回りを中断させて応接室へと、戻った。



それからの僕は 荒れに荒れた。
応接室の目に付くものは壊して叩き落して、視界に入った人間は全員殴り倒して。
むしゃくしゃとした感情の正体が分かるまで、壊して切って 殴って蹴って。
それでも、山本武の声や姿が見えたときは 僕の全てが停止して、まるで石像のようにストップした。

あぁ、これが恋なんだ と、気が付くのにはそう時間はかからなかった。

鬱陶しい、必要ない と、忌み嫌ってきた感情が これほどにも身近なものになるとは思わなかった。
きらきらするような、どきどきするような。
ぎゅう、っとするようなもどかしいような。
楽しいようなつまらないような。
あぁ、今でも むしゃくしゃする。
これが、元をたどれば 生き物が子孫を残すための動物的であり野性的な本能からくる感情なのだと理解すると、切なくもおもえるほどで。
それだけ僕は、彼に首っ丈なのだろうと 自分に呆れる事も少なくもない。

こっちを、見ればいいのに。

切なる願いは、届いたり届かなかったり。
ため息の数も増えて、”恋”という言葉にも敏感になった。
恋をしている自分が好きで嫌いでかわいくて気持ち悪くて。
色んなものがないまぜになったこの気持ちは晴れることはない。



夏休みに入って暫く経った、今日。

僕は夏休みに入ってから始終機嫌が良かった。
草壁に部活表をとって来させ、野球部...それも決まって校庭で練習がある日に
僕は窓を開けてさりげなくそれを眺めた。
成長期で身体が大きくなってきている男子生徒が、ユニフォームを泥で汚くして たったひとつ、ちいさな白いボールを追いかけて走る。
その様子が面白おかしくも思えるのもあって、僕は飽きもせずずっと見ていた。
たまに、野球部員がちらとこちらを見つけてびくうっと震えるのが面白い。
草原でウサギを見つけたライオンは、きっとこんな気分だろう。

そんななか、ひとり過酷な練習に苦しげな表情も見せずに むしろ楽しげに笑って参加している部員がいた。
そう、山本武...本命の輩、だ。
彼も例に漏れずこちらを見つけるが、他と違うのはその態度。
彼は僕を見ると、にこっと笑って大きく手を振る。
さも、機嫌良さそうに きらきらと、まるで太陽のように笑って
僕の名前を呼ぶ。
どきり、と胸が弾むのが分かって 視線をそらすと、彼は手を振るのをやめてしまう。
惜しい...
 

その日も、同じように 彼が笑いかけるのを心待ちにして、気付いて笑いかけられれば目をそらして。
その繰り返しで、夕方になった。
ありがとうございました、という威勢のいい挨拶が聞こえて
こちらもふう、と一息ついてふと校門のほうへと視線をむけると ちらと人影が見えた。
それは僕が問題視している生徒で、ひとめで分かった。

獄寺隼人

白髪、エメラルドグリーンの瞳で 服装は乱れっぱなし。
タバコは吸うわ、授業はサボるわ、乱闘騒ぎはおこすわで 学校の中で一番の問題児。
そのくせ成績は並中1ときたから、教員どもは手をやいている。
どうやら、女子生徒には人気のようだ。

なにをやらかそうとしているのだろう、と 見ていると、そこへ彼...山本武が駆け寄ってきた。
なにやら話しているようだ。
獄寺隼人が山本武に蹴りをいれて、それを上手くかわした山本が 獄寺に手を振って走り去っていく。
獄寺もそれに振り返して、校門にもたれかかった。

これは野性的勘だろうか。瞬間的に察知した。

あぁ、僕の想いは 届かないのか、と。

暫くして山本武が戻ってきて、歩き出し 二人は学校の敷地と外界を仕切る塀のかげに隠れて見えなくなった。










夕暮れ時の、赤い陽射しが 目に痛くて、仕方がなかった。
だから、涙が 止まらなかった。
あぁ、そうだ 西日が目にしみたんだ。

きっと、そうだ。







涙が、止まらなかった。

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