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□桜と狐
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何百年も前から この並盛神社に神として居座って、のんびりと並盛を見守ってきた。
そんな僕と 幼い君との出会いは、僕にとって衝撃的なものだった。

小学校にあがったばかりの君が、独りで神社に来て いきなり木登りをし始めた。
あの子が登った木の枝は 細くて頼りなく、今にも折れそうで怖かった。
しかもその枝は 長く続く石階段の上に突き出ていて 折れたら一たまりもないだろう。
案の定、弾けたような音をたて 枝は折れて君は成す術もなく落ちて...
山本が地面に打ちつけられる 直前、僕が抱きかかえて あの子は無傷だった。

その時あの子は 大きな瞳でしっかりと僕をとらえて、にっこりとあどけない笑顔を僕にくれた。
その時から、きっと 僕は君に恋をしたんだろうと思う。
怖くはなかったのか。白い尻尾が生え、犬のような白い耳のついた僕に。
ふわりと体が浮いたことに、恐怖はなかったのか。
あの子には、小さいころから肝が座っていて驚かされる。

でもそれも昔のことなのだと思うと、無性に会いたくなった。
あぁ、会いに来てくれたらいいのに




そう思った 時。
階段下から 聞きなれた足音がする。小走りで、息を切らせて。
あぁ、この息のリズム。懐かしくて心地いい。
階段から顔を覗かせるように現れたその人は 紛れもない山本だった。
駅からずっとここまで走ってきたのだろう。随分と疲れた様子で、一息ついてから 賽銭箱の前まで来た。
そして50円を投げ入れ、律儀にニ拍手した。

わぉ、太っ腹!

「ひばりー、久しぶり。元気か?
 急に来ちまって悪ィな。ちょっと ヒバリに会いたく、なって」

恥ずかしそうに苦笑して頭の後ろを掻いている。
懐かしい仕草。

「いい加減ヒバリから卒業しねぇとな。もう大人だしさ...
 今でも隣にお前が居そうで、うっかり名前呼んじまう時があってさ 
 未練がましいよな、俺」

はははっと笑う山本。
その直後にとても切なそうな顔。胸が痛い。

「じゃぁ...もう帰るな?
 また来るから」

あぁ、ねぇ。行かないでなんて ワガママかな。

思わずその場から走り出して 君に聞こえるはずもないのに名前を呼んだ。
すると驚いたことに、声が届いたのか。山本がきょろきょろと辺りを見まわす。
すかさず山本の目の前に立ちふさがり、勢いだけで唇を重ねた。

あぁ、分かってくれるかな。僕の気持ち。

僕が離れると、凄く顔を赤らめてぽかーんとしている山本がいた。

「ひば、り...!!」

あぁ、なんという奇跡だろう。
ねぇ 桜。あの頃と変わらず咲き乱れる桜。
この奇跡は誰がくれたの?ねぇ、有難う。



神様は僕だけど、神様 有難う。
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