Novel
□見えない星
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見えない星
プロローグ
ここはどこなんだろう。知らない場所なのにまるでずっと前から知っている場所のようなこの不思議な感じは。
360度を見渡せば緑の草原がどこまでも続いている。いつからそこに立っていたのか、不思議なくらい一成の姿が一枚の絵のように景色に溶け込んで見えた。
一成の着ている真っ白なシャツは碧色に広がる空をバックにまるで雲みたいに映えている。緑の草原に碧い空、一成が描く白い雲。
私が大好きになった人は本当に笑顔がよく似合う。大地を射す太陽の光に負けないくらい眩しい。
(一成)
確かに名前を呼んだはずなのに、それが声になっていないことにすぐ気がついた。そういえば妙だ。さっきから激しく草木は揺れているのに風の音は一切聞こえない。
そして風が止んだ瞬間、微かに一成の唇が動いた。結希、と呼ばれたような気がする。私が歩きだした瞬間、電話の音が空を切り裂くように鳴り響いた。
どのくらい寝ていたのだろう。新しく始まったドラマを途中まで見ていたのは覚えている。時計の針はもう23時を過ぎているのに、一成がまだ帰っていないことに気が付いてため息を吐きながら受話器を取った。
「はい、もしもし」
「結希さん?結希さんよね?」
切迫した様子の声の主に、私は直ぐに気がついた。
「お母様、ですか」
一成と私が婚約を決めたとき、一番喜びを盛大に表現してくれた人の声を間違えるはずがない。
「た、たった今…、電話が。電話があったの。一成が…、あの子が」
受話器の向こう側から聴こえる声がだんだんと小さくなる。泣いて混乱しているお母様に私は落ち着いてください、とかどこの病院ですか、とか自分でも驚くほど冷静に話していた。
一成が事故に遭って救急車で大学病院に搬送された。その事実を聞いても冷静でいられたのは、今まで私自身にも周りでもそういう経験をしたことがなかったせいで現実感を持てないせいだったのかもしれない。。
白く光ってそびえ立っている病院の巨大な建物は、漆黒の闇の世界にぽっかりと浮かんでいる月のように見えた。
救命センターとかかれた入口で規則的に回る赤い色のランプが目についたとき、私は初めて中に入ることが怖くなった。言い様のない恐怖感に足がすくみそうになる。目を閉じて深呼吸をした。一成は大丈夫だと自分自身に言い聞かせる。重たくなった足をなんとか動かした。
「橋出血です。非常に厳しい状態です」
一成の担当医師は眉間に皺を寄せる。そして一成の脳のMRIやCT画像を見せながら片手では人の頭部の模型を半分に開き断面を見せながら丁寧に説明をした。お母様はずっと泣いていて、お父様は時々唸っていた。医師からの説明を私はなんとか理解しながらも、それがどう一成と結び付くのかそれだけがいつまでもわからず、まるで現実味を感じることが出来なかった。
病室へ戻る頃には窓の外はもうすっかりと明るくなっていた。蒼く澄んだ朝の夏空とは対照的に、一成の病室は薄暗かった。規則的にプシューッと病室内に広がる機械音が一成の胸を上下させていた。