雑記

□白昼夢
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(あぁ、もう本当に!
今日はイライラさせられたわ!)


金融庁調査を終えて、憤慨の冷めぬ黒崎駿一金融庁検査局主任検査官は一人ひとり部下に八つ当たりをして喫煙所に来ていた。


(本当、頭にくるわ!半沢直樹!)


ポケットから煙草を出す。
それは好みの別れる煙草で、甘ったるいチェリーの香りが独特の外国産の煙草だ。

黒崎は諸事情で禁煙をしていたが、ここ最近金融庁検査で半沢にしてやられた時は我慢出来ずにプカプカと吸っている。
おかげで普段持ち歩かない物を持ち歩いているのだ。

コンビニで購入したライターで火を点けて煙草を飲む。
深く吸って自分を落ち着けようとするが、先ほどのやり取りが蠅の如く黒崎の頭の中をブンブンと飛ぶ。
払っても払っても寄ってくる害虫。


二本めの煙草に指を伸ばした時、電話がなった。


「はい、黒崎」


電話の対応にも棘が出てしまう。


「どうも、こちら東京中央銀行の半沢です。」
「は、半沢!」


声が裏返る。


「な、何よ!
また私を馬鹿にしようっての⁉」
「いいえ…ただ、貴方に先ほどした事を考えると貴方が傷ついているのではないかと。」
「き、傷ついてなんか、ないわよ!」
「そうですか、声が曇ってますが」
「そ、そんな訳ないじゃない!」


黒崎の声は動揺し今にも泣きそうであった。しかし彼のプライドと意地が半沢の前なんかで泣いてやるもんですかと語っていた。


「それなら結構です。
では、此処からは私個人の謝罪なので聞きたくないようでしたら電話を切ってもらっても構いません。」


(切らないわよ、あんたからの電話なんだから)


「ふん、聞いてやるわ」
「それはどうも。
悪かったな、黒崎検査官。
こちらも仕事でね。私は仕事を取るような男だ。」


(あんたは間違ってないわよ、だってあんたと私は銀行と金融庁よ。
敵同士じゃない。)


「貴方に恥をかかせてしまった。
あの時は調子にのって…いや、場の空気で大袈裟に言ってしまった。本当にすまなかったと思っている。」


(これだから、この男は嫌いなのよ)


「いいわ、今回は私の負けよ。
でも次は容赦しないわ。覚悟しておきなさい!」
「あぁ、わかってる。
この埋め合わせをするよ。
何がいい?」
「何がいいって…そんなのわからないわ」
「食事でも、デートでも。
あ、そうだ。旅行なんてどうだ?
二人っきりで箱根の温泉にでも。
知り合いに頼んで部屋に露天風呂付きの旅館に。」


(露天風呂、旅館⁉)


「そ、そんな早いわよ!
ま、まだ食事だってまともにした事もないのに!」
「そうだよな、早過ぎるか」


電話越しに笑う半沢に黒崎は真っ赤になる。


「あ、あんたいつもそうやってる訳?
お生憎様!私はそんなに簡単に落ちないんだから!」
「…」
「ちょっと、何よ」
「もう、落ちてるだろう…駿一」


ドキリとした。
鼓動が直ぐ耳の近くで聞こえる。
心臓が飛び出してないか黒崎はぎゅっと胸を抑えた。


(聞こえたらまずいわ!まず過ぎる!)


「駿一?」
「…」
「しゅーんいーち」
「…それ、やめなさいよ」
「何が?」
「恥ずかしいわ、下の名前」
「そうか…なら」



はっとした。
手には殆ど灰となった煙草。
足元に落ちてしまった。
落ちた灰は床も靴も汚してしまった。


(…白昼夢かしら)


黒崎は煙草を捨てるともう一本煙草を取り出した。


(それにしても、なんてリアルな夢かしら。)


煙草を口に咥えたが、暫く考えて煙草を箱に戻した。


(もう、嫌いよ!あんたなんて!)


頭を抱えた。


「主任!ここにいらしたんですか」
「…何」
「あ、その…緊急の書類が」
「…分かったわよ」


タイミングが悪いわね、と心で悪態をついて煙草をポケットにいれた。


(暫くはやめられないわ、煙草も)
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