小説

□地獄への宅配便
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「――、――……わしと一緒に死んでおくれや……」
「一緒に死ぬとは勿体無い。三日なれどもめおととなれればこれ以上の幸せはありませぬわ」
 若い男女が向き合って、泣いている。
 何故だろう。
 ひどく懐かしいような不思議な感覚に包まれる。
 私は、この光景をどこかで見たことがある……。




 眩しい。日光が目を焼く。
 二つ目の太陽が昇った。昼だ。
 寝過ぎた。そう思いながら起き上がり寝床を出て身支度を整える。
「よぉ、寝坊だな、藍」
「悪い。夢見が悪かったんだ」
「夢見?」
「なんでもない」
「だったらとっとと荷物を届けに行ってくれ。お前が起きなきゃ仕事にならん」
「わーったよ」
 黒から荷物を受け取り、宛先を確認して驚く。
「げっ……マジかよ」
「何が?」
「これ、桜都の貴族様宛てじゃねーか。こんなもん預かっていいのかよ……」
 俺達みたいな平民が一生掛かっても口を利くことさえ許されないような貴族の中でも最高位に当たる連中が住んでいる桜都。そんな場所に運ぶものだ。さぞかし高価なものだろう。
「二つ月が昇る前に届けないと首が飛ぶぜ?」
「……んなもん受けるな!」
 人事だと思いやがってこの野郎。
 一大事だ。桜都は遠い。普通なら二日は掛かる距離だと言うのに。
「さてはその貴族、平民をいたぶって楽しんでやがるな?」
「かもな。けど、藍なら出来るって信じてるぜ」
 黒はこれ以上に無いほど爽やかな笑みを浮かべて言う。
 むしゃくしゃしたので一発殴って大急ぎで靴を履く。
「死ぬ時はおめぇが先だぜ」
「嫌だなぁ。藍だけ差し出して俺はずらかるに決まってんじゃん」
 笑顔で言う黒をもう一発殴って桜都への道を急ぐ。
 普通ならまず無理だ。
 だが、俺なら出来る。黒はそう言う。それは俺の魔術系統が風だからだろう。
 即ち風の如く俊足。
 貴族様の荷物だってすぐに届けられるわけだ。
 掛ければ行き交う人々が点に見え、景色は水の如く流れる。
 村を越え、街を越え、ようやく都が見える頃には日が傾き始めている。
 桜都は初めてだ。
 貴族の屋敷は広い。どこが誰の屋敷かなんて全く知らないが、俺には荷を届ける義務がある。
 勝手に中を見れば首が飛ぶ。二つ月に間に合わなくても首が飛ぶ。
 早く届けなければ命が無い。
「椿の屋敷はどこだ?」
 すれ違う人に訊ねる。
「椿? ああ、露姫の屋敷だな。あの奥の椿の紋の屋敷だよ」
 老婆はそう言って手を出す。
 情報量をよこせとでも言うのだろう。図々しい婆だ。
 仕方なく銀一両を渡し屋敷へ走る。
 門は固く閉ざされ、屋敷の前には警備らしき男が二人立っていた。
「なぁ」
「ん?」
「椿の屋敷はここか?」
「いかにも」
 右の男が答えた。
「届けものだ」
 そう言って包みを見せれば「ご苦労」と左の男が言う。
「露姫に渡すようにと言われている」
「預かろう」
 右の男が言う。
 そこで妙な好奇心が生まれる。
 この屋敷の主人はどんな面をしているのかと。
「いや、露姫に渡すように言われているのだから本人以外に渡すわけにはいかねぇなぁ」
「何を! さては貴様、牡丹の間者だな?」
 二人の男は刀を抜いて俺に詰めよる。
「待て待て待て! 大事な荷物に何かあってはうちの落ち度にされちまう。先に荷物を届けるのが筋だろ?」
「露姫様には我々が渡すと言っておろう!」
「俺は宅配人だ! 荷物を届ける義務が合ある! 誇りがある!」
 しばらく二人の男と睨みあう。
 いつ斬られるか分からない。相手は二人、しかも刀を持っているが、俺は丸腰。それに荷物を預かっている。
 圧倒的に不利だ。
「これ、騒がしい。何をしておる」
 女の声が響く。
「こ、これは露姫様……実は宅配人を名乗る怪しい輩がおりまして……」
「我々が預かると言えば自分が渡すと言って利かないのです」
「宅配人?」
 女が門の内側から姿を現す。
「……そなたは……胡蝶……」
「は?」
「胡蝶ではないか……」
 女は突然俺の方に駆け寄り、そして俺の右頬を撫でた。
「ああ、胡蝶……どんなにお前に会いたかったことか……」
「は?」
 話が読めない。
 一体何を言っているのだろう?
「わしだ、胡蝶……佐介だ」
 女は涙を浮かべながら言う。
 女の声に男口調。不釣り合いで奇妙なのに何故か懐かしい。
「佐介殿……何と愚かなことをなさるのか……全て夢に留まらせれば良いものを……」
 口から勝手に言葉が零れる。
 これは一体どういうことか?
「露姫様?」
「いかがなさったのです?」
 二人の男も怪訝そうに女を見ている。
 女の器に男の魂。これが話に聞く転生といものか。
 思わず女を見た。
 何故だろう。
 どこか夢の中の男に似ている気がする。
「そなたが飛脚になるとは……妙な巡る合わせもあるものだ……」
 荷を、と女が言うので、そのまま包みを渡す。
「そなたはわしとは違う……だが……」
 女は涙を流し続ける。
「あんたは一体?」
 なんなんだ。
 そう、訊ねようとしたはずなのに、その必要が無いことを知る。
 夢で一緒に死んでくれと言った男は目の前で女で、おそらくは一緒に居た女が俺だ。
「あの時は邪魔が入ったが……今度こそ……今度こそ、一緒に死んでおくれや……」
 女は包みを開く。
 すると何かが煌いた。
 それは小太刀のようだった。
 刃は真っ直ぐと俺に向かう。とっさに逃げれば女は信じられないと俺を見る。
「何故逃げる?」
「何故って……あぶねーからに決まってんだろ」
 何でいきなり心中しなきゃいけないんだよ!
 途中まで、何かに裂かれた悲劇の悲恋だと思っていたが、違う。
 こいつは狂ってる。
「俺は胡蝶じゃねぇ! 藍だ!」
 前世がどうとか言われたところで俺は俺だ。
 いきなり前世で心中に失敗したからやり直そうなんて言われてはいそうですかとは応えられないだろう。
「胡蝶……何故だ……やはりあの男……景幸に……」
「しらねーよ。前世で何があったかなんてよ」
 そんなことで殺されて貯まるか。
 荷は届けた。
 もうここには用は無い。
 逃げる。それが最善の策だ。
 そう思うが早い。俺は全速力でその場から逃げ出しだ。
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