小説

□華姫夢幻恋心中
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「逃げよう」

 彼は苦しそうに笑ってそう言った。

 この砂漠の向こうに。どんな望みも叶えてくれる魔女に会いに行こうと。















 王宮はなんとも窮屈で退屈だ。
 男尊女卑の色濃い法に官吏たちの醜い権力争い。
 そして常に付き纏う暗殺の危険。
 嫌になる。
 昨日も護衛が全滅したばかりだ。
 悪魔の国から赤い死神がやってくるのもそう遠くはないだろう。
 誰かが戸を叩いたけれど無視する。
 どうせ新しい護衛か家庭教師だ。
 寝台に寝転んで天井を眺める。
 あ、血痕がある。
 もう慣れた。
 王族というのはその他大勢の血を吸って生き長らえる化物だ。
 血塗られた王宮。呪われた聖地。
 護衛の身分が段々と低くなるのは貴族の出の護衛たちは殆ど死に絶えたからだ。

 また、戸を叩く音がする。
 相手は苛立っているようだ。

「後にして頂戴。眠いの」
「護衛もつけずに眠るとは馬鹿かお前」
 許可もしていないのに男は勝手に入り込んできた。
「ば、馬鹿ですって!? この無礼者! 死刑よ死刑! 不敬罪で死刑! 誰かこいつの首をはねて!」
 大声を出せば男はため息を吐く。
「とんだ姫さんだ。あー、親父のやつ騙しやがって。どこが淑やかな絶世の美女だよ。ガキじゃねぇか」
「な、なによ」
「護衛職で護りとおせば姫を嫁にと言われたが、こんなの要らねぇ」
 男は私の爪先から頭まで見渡して言う。
 ほんっと失礼な奴。
「まぁいいわ。どうせすぐ死ぬんだし。別に護衛なんか要らないわよ。人間いつかは死ぬものよ。早いか遅いかの違い」
「へぇ。あんた面白いな。気に入った。まぁ無理しない程度には護ってやるよ」
 生意気。
 男は笑ったが、よく見ると綺麗な顔をしているかもしれない。
 浅黒い肌に黒い髪、黒い瞳。彫りの深い顔。細く見えるが適度な筋肉。無駄のない鍛え方をしているのだろう。
「名前」
「は?」
「名乗りなさいよ。名乗らないと護衛175号って呼ぶわよ」
「ひゃく……ってそんなに死んだのかよ」
「名乗った子も入れればもっと居るわ。私、名乗らない人の顔は覚えない主義なの」
「……ネロだ」
「そう、ネロ。じゃあ私、寝るから出ていって頂戴」
 生意気な護衛を追い出して部屋に鍵を掛ける。
 本当に今日は疲れた。
 早く寝よう。
 また、あの夢を見るのはわかっているけれど、それでも体を休めないよりはずっと良いはずだ。
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