小説

□ジッパー
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 自分で言うのもおかしな話かもしれないが、ぼくはちょいとばかり人より好奇心が強い。
 とりあえず気になったら自分で確かめなきゃ気が済まない質だ。
 虫を見ればとりあえずバラして構造を見るし、花を見ればバラして構造を見る。
 世界と言うのは芸術で溢れていることは言うまでもないが、ぼく自身、芸術家ではない。
 思想家、とでも言いたいところだが、今はとりあえずちょいとばかり宗教やら民俗学が好きな服飾学生だ。
 こんなんでも一応専攻はフォーマル。普段は主にウェディングドレスなんかのデザインをしてる。
 まぁ、ぼくのことなどどうでも良い。
 ぼくが普段何をしていようが目の前の現象にはなんら影響もない。
 問題は目の前のこれだ。
 被服室へ向かう一本廊下の壁に何故か突然現れたそれ。
 建築科の連中の遊びか? とか、美術科の新しい作品か? なんて考えたけど、そんなはずはない。
 じゃあなんなんだ?
 答えはぼくが良く知っている。
 ぼくらの専門分野でよく目にするそれが壁にあった。
 ジッパー。
 正しくは綿ファスナーとか言うんだったか?
 ぼくは普段それをジッパーと呼んでいるが、それが突然壁に現れたんだ。
 おかしいと思って通りかかった体育科の一年生に訊いてみれば「頭おかしいんじゃあないか? こいつ」と言う目で見られてそんなものは無いと答えられた。
 つまり、このジッパーはぼくにしか見えないらしい。
 となるとますます気になる。
 ジッパーと言うからには開くはずだ。
 ぼくは常日頃から、鳥居と窓とジッパーの共通点について考えている。
 共通点なんてあるのかって?
 そりゃああるさ。
 分け隔てるもの。
 つまりあちらとこちらの境界になる。
 つまりジッパーは神秘なんだ。
 とにかくそのジッパーがぼくの目の前の壁にある。
 当然ぼくが取る行動は一つだ。
 
 ジッパーを下ろす。

 ジーッと音を立ててスムーズに動いたそれは巨大で、ぼくの背丈と同じくらいの長さがあって斜めに取りついていた。
 開いた瞬間、光が溢れた気がした。
 中に入れそうだ。
 けれども明るいくせに一寸先すら見えない。
 これは少しばかり用心が必要だと思い、製図用の定規を突っ込んでみる。
 しかし壁に当たる気配はない。
 よし、これはもう入るしかない。
 ぼくは覚悟を決めてジッパーへ飛び込んだ。
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