小説

□繰り返される夢
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 私の父の故郷では、女の子が生まれると市松人形を贈る習慣があったらしい。最近ではすっかりと廃れてしまったその習慣だが、私はその条件に当てはまったらしい。
 妹の時には既に無かった。
 しかし、私が生まれたとき、父方の祖父の姉がそれは立派な人形を贈ってくれた。
 市松人形というのはガラスケースに綺麗に飾られていて、ケースから出して遊ぶことも出来ず、高価なものなので子供には触れさせない。子供にとってはあまり嬉しくない贈り物だろう。
 私の家では母が人形嫌いだった。本当はぬいぐるみも嫌いらしく、私の部屋のぬいぐるみの大群がいつか動き出すのではないかと怯えているような人だった。
 彼女はとても人形嫌いで、そして、その市松人形を頂いてから一度も箱から出さずに、引っ越す際も厳重に梱包して封印するように納戸に仕舞い込んでしまった。
 特にその人形は別格なほどに母に嫌われていた。その人形は母の知人に似ていたらしい。その人にとてもよく似ているので母はそれを「とんこ人形」と呼んでいた。
 「とんこ」という人は、昔母が苛めていた人らしく、母はその人形に怯えていた。だからだろう。永久に封印されるはずだった。
 しかし私は母とは正反対だった。つまり、人形を愛する人種だ。大学に入った秋には始めてのアルバイトで得た収入で念願の人形を手に入れた。別にアンティークだとか、そう言ったものではない。決して子供向けではないけれど、ごくありふれた海外のファッションドールを購入した。それは次第に数が増え、今では十体を超える。人形専門誌も読むようになり、日本人形の魅力に惹かれるようになった。雛人形なら我が家のものが一番美人だと主張して高校の先生を呆れさせたこともある。
 ある日、なぜか人形の話になった。突然、その「とんこ」が話題に上がった。
 生まれて二十年全く知らなかったその人形の存在を二十歳を過ぎた頃に知らされた。
 私は渋る母に見せてくれとせがんだ。
 今思うと、それが良くなかったのかもしれない。
 生まれて初めて見た、私の市松人形は酷く不気味に見えた。
 うっすらと浮かべた笑み。
 化粧は全く剥げていない。
 それどころか買ってきたままの新品の人形と同じだ。ケースが汚れていることを除けば、二十年もこの家にあったとは思えない品だった。

「気持ち悪い。捨てようよ」
 妹がすぐに言った。
「結構可愛い顔してるじゃない」
「人形オタクは黙ってろ」
 妹は本気で拒絶しているように見えた。
「もうとんこは仕舞うよ。さっさと人形供養でも持っていった方がいいかな」
 母はそう言いながら再びとんこを箱に戻し、厳重に梱包した。
 仕舞う直前、とんこが恨めしそうにこちらを見た気がしたけれど、それはきっと人形の中に擬人化した性格が見えただけで、私の中の一部を投影してしまっただけだろう。
 それっきり、私も家族も、とんこのことは忘れてしまった。
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