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□つぐない
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目黒川との試合の翌日。放課後の部室に、新庄は一人でいた。その左手には、勝利を証明するウイニングボールが握られている。

御「あ、新庄っ」

扉が開き、部室内に光が漏れる。そちらに目を遣ると、そこには御子柴が立っていた。

新「御子柴」

御「ここに居たんだ。探したよ」

新「探すって、俺をか?」

御「ああ」

ボールをもとの位置に戻し、新庄は驚いた顔を向けた。
投げ掛けた質問に、御子柴は笑顔で答える。

御「みんなもうグラウンドに集まってるよ」

新「?……今日、部活休みだろ?」

御「そうだけど、なにか話があるみたいだから」

新「話?川藤か?」

御「ううん。安仁屋」

御子柴の言葉に、新庄は思わず眉をひそめた。
安仁屋が一体、なにを話すことがあるのだろうか。そしてそれは、自分も行かなければならないのだろうか。
色々と気にはなるが、行かなければ他の面々が煩そうなので、仕方なく新庄は足を動かしたのだった。

――

若「お、来たな」

湯「早く来いよ!」

二人がグラウンドへ行くと、そこでは確かに野球部全員が集まっていた。漸く現れた新庄の姿に、若菜や湯舟の声が飛ぶ。

安「遅ェよ」

御「ごめんごめん」

小走りで輪の中に入った御子柴の尻に、安仁屋が軽い蹴りを入れる。眉を下げ謝罪を述べる彼の隣に、若干の苛つきを覚えた新庄が立つ。

新「安仁屋、話ってなんだ」

安「ああ。よし、お前ら聞け!」

新庄の振りで、安仁屋が話し出す。それは、明日の祭りについてであった。
祭りは、二子玉川商店街を中心に、河川敷にかけての広範囲で行われる一大イベントである。夜には花火も上がる為、その日は町中が賑わうのだ。

安「俺らも行こうと思ってよ」

岡「でも、明日は俺ら練習だろ」

湯「そうだよ。行けねえじゃん」

安「バーカ、俺を誰だと思ってんだよ」

若「……ま、まさか」

安仁屋の不敵な笑みに、一瞬全員が制止した。その後、期待に満ちた声を発したのは若菜である。

安「川藤の許可を勝ち取った!!」

新御以外「イェーッ!!」

期待通りの答えに、新庄と御子柴以外の全員が、声高らかに喜んだ。
しかし、今日も休みだというのに明日も休みなど、本当に川藤が許したのだろうか。

安「でも、流石に一日休みは却下されたから」

御「当たり前だよ。今日も休みなんだから、少しは練習しないと」

安「わかってんよ。だからほら、明日何時までやるか決めろよ。キャプテン」

御「え、えっと……じゃあ、明日は十一時まで練習して、その後みんなで祭り行くってのは?」

新以外全「賛成!!」

御「新庄も、いいか?」

新「ああ」

こうして、明日の予定が決まった。

湯「あ、そうだ。なあ、どうせなら浴衣着ねえ?全員で」

若「お、いいね」

桧「夏だしな」

御「でも、俺持ってねえよ」

今「あ、俺も。甚平ならあるけど」

岡「俺も甚平」

湯「じゃあ、浴衣か甚平な」

――

話し合いが終わった後、御子柴は新庄の借りているアパートに来ていた。

御「ごめんな、新庄」

新「いや……これなんかどうだ」

御「ちょっと大きいかな」

湯舟の提案で、明日の祭りでは浴衣か甚平を身に着けることになった。しかし御子柴は、どちらも持ち合わせていないという。仕方がないので、どちらも持っている新庄が貸すことになったのである。

御「俺チビだから、やっぱ新庄のじゃ合わないよ」

新「……あ、そう言えばこの間、母さんから甚平送られてきたんだ。何処にしまったっけ」

御「へえ、じゃあ新庄はそれ着るの?」

新「いや、俺は別のを着る」

御「そうなの?せっかく送ってくれたのに?」

新「中学ん時に着たやつだから、小さくて着られねえんだよ。けどまあ、たぶんお前なら着れると思う……お、あった」

押入れの箱から、甚平を取り出す。黒の生地に鮮やかな花火が描かれたそれは、当時の懐かしさを呼び起こした。

御「新庄?」

新「ん、悪ィ。着てみろ」

御「うん」

サイズの合わない浴衣を脱ぎ、御子柴が甚平を身に付ける。するとそれは、彼の小さい身体によく合っていた。

御「着れた!」

新「苦しくないか?」

御「うん、ぴったりだよ!」

新「そうか。なら、それはお前にやる」

御「え?でもこれは、新庄のっ」

そのようなことを言われると思っていなかったのか、焦ったように御子柴が声を出す。

新「俺はそれ着れねえし、あってももう捨てるだけだ」

御「だけど……」

新「だったら、誰か着れる奴に着てもらった方が、服も喜ぶだろ」

箱を仕舞いながら言うと、御子柴からの返答が無くなった。
似合わないことを言ってしまったかと、そっと後ろに目を遣る。すると彼は、照れくさそうな顔で、笑っていた。
その笑顔に、新庄は思わず息を呑んだ。

御「……ありがとう、新庄。大事にするよ」

新「っ、しなくていい。来年になったら、どうせ着れねえ」

御「着るよ。折角くれたんだし」

新「じゃあお前は、もうでかくなる気はねえんだな」

御「え?……あっ!」

はっとした様子で、御子柴は声を上げた。どうやら、自分が成長期であることを思い出したらしい。
新庄はつい、喉を鳴らして笑った。

御「わっ、笑うなよ!俺だって、新庄に負けないくらい、でかくなってやるからな!」

新「くっくっ、ああ。だからそれは、明日着たら好きにしていい」

御「っ……ん、わかった」

新「それと、お前は無理してでかくなる必要ねえよ」

御「え」

新「お前が俺よりでかかったら、あいつらも嫌がるだろうしな」

立ち上がり、御子柴を見下ろして笑う。
忽ち、御子柴の顔がカッと赤くなる。

御「ばっ、馬鹿にすんなよ!」

新「悪い悪い。けどやっぱ、あんまでかくなって欲しくねえなァ」

御「なんだよ!そこは本音かよ!」

新「だってよ、お前がでかくなっちまったら」

ふわり、と新庄は御子柴の髪を撫でる。

新「こんな風に見上げて貰えなくなるだろ」

御「なっ!?」

新「お前はこのサイズが丁度良いんだ」

言葉を並べれば並べる程、御子柴の顔は、どんどん赤くなっていった。
それまで、こちらを映してくれていた大きな目も、次第に伏せられていく。

御「っ、や、やめろよ。俺は男だぞっ」

手を払われ、そのまま顔を逸らされる。
やはり、彼は照れているようだ。

御「そういうのは、女の子にやれよな」

新「……そうだな、悪い」

――ああ、キスしてえな。

御「……な、なあ、新庄」

新「ん?」

御「あの」

刹那、インターホンが鳴らされた。
互いにびくりと肩を震わせ、ふと新庄は我に返る。

宅配員「新庄さーん?お届け物でーす!」

どうやら、誰かからなにかが送られてきたようだ。
それにしても、なんというタイミングだろうか。

新「悪い、出てくる」

御「あ」

新「お前もそろそろ着替えろ。明日また着るんだろ」

御「あ、う、うんっ」

着替え始めた御子柴を後目に、新庄は玄関へと向かう。

宅配員「あのー」

新「すみません、お待たせしました」

宅配員「あ、新庄さんですね。こちら、お届けの品です」

新「はい」

宅配員「では、こちらに印鑑かサイン、お願いできますか?」

新「はい……」

宅配員「……はい、確かに。ありがとうございましたー!」

新「ご苦労様です」

宅配の対応を終え、新庄はひとつ息を吐く。

御「新庄!甚平って、どうやってしまえばいいんだ!?」

新「ああ、ちょっと待ってろ。今行く」

さっき、御子柴はなにを言い掛けたのだろう。
気にはなるが、タイミングを失ってしまった今、それを知る術を、新庄は知らない。
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