箱庭聖譚曲
□6.遭遇
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「わたくしも最初は驚いたのです。
あれだけベザリウスを毛嫌いなさっているエリオット様が」
『…………』
「何故、その使用人と、と……」
ルナを見る。
しかし彼女は静かにミリエルの方を向いていた。瞳には何の色も映ってなく、感情を読み取ることが出来なかった。
「でも、その様子ではエリオット様はご存じなかったようですねぇ」
ひとりわざとらしく納得するミリエルをおいて、エリオットは混乱する脳内の整理を始めた。
とは言っても、突き付けられた真実はただひとつ。
ルナの主人はエイダ=ベザリウスだ。
「ところで、保健の先生はいらっしゃいません?」
紙で切ってしまったのですけれど。
差し出された白い指には細く赤い筋が。
『……手当ていたします』
ルナがよろめきながら立ち上がる。
「あら、ありがとう」
その時のエリオットがいつも通りの彼であったなら、その程度の怪我とも言えない傷の手当てくらい自分でしろと発言したかもしれない。
ミリエルにだってルナの足の腫れが見えないわけがないのだ。
だが今、エリオットの頭の中は、ルナの主のことでいっぱいでそんな余裕はなかった。
手当てを終えたミリエルはエリオットに向き直りニコリと微笑む。
「エリオット様、来月催されるわたくしの誕生会には是非ともご参加下さいませ」
彼女の雰囲気がどこか弾んでいた。
ルナはエリオットを、その次にミリエルの顔を見てああ、とあることを思い至った。
――ミリエルはエリオットに懸想しているのか。
実際に、そういう女生徒は多いだろうと思う。四大公爵家というのを重視する人もいれば彼自身の容姿や性格を好きになる人もいる。
……その事実に、
ほんの少しだけ、
『…………?』
苦いものを飲んだ時のような、
そんな感覚がした。
「では、わたくしはこれで」
エリオットの時とは打って変わり、ルナに視線を戻したミリエルの笑顔には含みがあった。
――せいぜい、頑張って下さいね?
「失礼いたしますわ」
「…………」
『…………』
ミリエルが出ていったあとの部屋には、ひたすら重い沈黙が流れた。
ルナはもとから寡黙であったし静かなところは嫌いではないが、この空気は苦痛以外のなにものでもない。
エリオットはエリオットで、口を開いたら出て来る言葉は決まっていた。
「お前……エイダ=ベザリウスの従者だったのか」
改めて言葉にしたら、顔が険しくなる。
否定して、欲しかった。
だけど、そんなことがあるはずもなく。
『……そうだけど』
その時、ルナには廊下の足音が聞こえていた。
……パタパタ
『ほら』
パタパタパタパタ
「?」
この、ヒールを履いているにも関わらずパタパタと鳴る走り方は……
「ルナっ!!?」
この間と状況を逆に、
エイダが医務室に駆け込んできた。
『……エイダ、走ると転ぶわ』
「ルナ!? 足っ! 怪我!? た、立って!?」
『はぁ……落ち着いて』
ルナが涙目で慌てふためくエイダを宥めていると、エリオットはその横を通り過ぎて扉へ向かう。
咄嗟に横を過ぎる彼のジャージの裾を掴んだ。
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