箱庭聖譚曲

□6.遭遇
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色が白い肌に、足首の赤黒さが妙に映えていた。


抱えた身体は、驚くほど軽かった。





つーか軽すぎだ。
前々から細いとは思っていたが、贅肉はおろか筋肉さえたいしてついていないように思える。
女子の体重の平均はこんなもんなのか?


エリオットがそんなことを考えている間、ルナは赤い顔をして困ったように彼を見上げていた。



『……下ろして』

「断る」



さっきから続くこの会話。
剣技場がどんどん遠くなっていく。エリオットは歩くのが速く、揺られているルナはいつ彼の腕が自分を落とすものか気が気ではないのだ。


「ふざけるな、お前を抱き上げる力くらいはある」

『……でも、』

「おとなしくしないなら落とすぞ」


そう言って腰を支える腕を外す。するとルナは顔色を変えて首もとに抱き着いてきた。

一瞬固まるエリオット。

同時に、ルナをからかうのは意外と面白い、ということを発見した。
面白いというより、たくさんの表情を見せてくれることが単に嬉しかったりする。


『……意地が悪いですね』


むくれたルナがぽそりと呟くと、その吐息がエリオットの耳をくすぐった。

危うく転げそうになる。


「っお前、耳元で喋んな!!」

『……貴方こそ、耳元で怒鳴らないで』


うるさげに顔をしかめ、ルナは下りることを諦めて静かにエリオットの腕に身を預けた。
暗い茶の髪がさらさらと風に流れる。


顔が熱い。
エリオットはルナから目線を逸らした。









不意にエリオットはこの少女と戦っていた時の光景を思い出す。
跳び、跳ね、回る。
剣より身体をよく使っていたのが印象的だった。
あれではたしかに剣が重いだろう。


「あれ、本当に全部自分で勉強したのか?」

『あれって?』

「宙返りとか、あの変な体捌きだよ」

『ああ……お母さんから教わった軽業』

「かるわざ?」

『……遠い国の、サーカス芸…みたいな』

「母親が異国人だったのか?」

『ええ。黒い髪と瞳の、とても綺麗な人だった』


それを聞いたエリオットはそうか、と言ってルナを見やる。


「お前は母親似なんだな」

『……?』


髪も瞳も黒くはないから父親だろうが、男にはありえない稀なる美しさが母親譲りだということは分かった。




「綺麗だもんな」




何となく、だけど本当に思ったことを口にしただけだった。
ルナも綺麗なんて使い果たされた言葉は言われ慣れているのだろうし、また素っ気ない返事をされる。
と、思っていた。



話をしている間に目的地に着いた。
医務室の扉を叩くが、物音がしない。どうやら誰もいないらしい。

脚で乱暴に扉を開いて中に入り、ベッドにルナを座らせる。



「足、大丈夫か?」

『…………』



俯いたまま何の反応もないルナを怪訝に思い顔を覗き込んだエリオットは、その顔の赤さに驚いた。


「ってお前! 熱かなんかあるんじゃあねぇか!?」

『ち、違う……』

「じゃあなんだよ」

『…………たの、……ったから』

「聞こえねぇ」


『……ミスター・エリオットには関係ないわ』

「あ゙ァ?」



――綺麗だなんて言われたの、初めてだったから。

ルナの顔の火照りは、しばらく冷めそうになかった。





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