箱庭聖譚曲
□22.馬車
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今日の部屋にルナの主の姿はなかった。
“好きな人”とやらに会うため、昨日の夕方からレベイユの別荘に行ったからだ。
ああ……何もないといいけれど……。
心配しつつ自分の身仕度を整える。
ワイシャツにネクタイ、スラックスとベストは少女として異様な格好だが、それを着るのがルナだとなかなかどうして似合ってしまうから不思議だ。
頼まれて他人の買い物に付き合った昨日に引き続き、本日もまた外出をすることになった。
――時間は昨日に遡る。
ルナのデート騒動の帰り道。
エリオットがルナに言った。
「……来るか? 一緒に」
『へ?』
「フィアナの家だよ」
『え、だって……いいえ だめよ』
彼は父親――ナイトレイ公爵に呼ばれたのだ。ナイトレイ公はパンドラの構成員の中でも一際目立つルナの素性を知っている。ベザリウスの使用人である自分がフィアナの家へ行ったと知れたらただ事では済まない。そして怒りの矛先はエリオットにも向くのだ。
「いいんだよ、べつに」
『全然よくない』
「出発を早める。お前と父が鉢合わせることはない」
あ、ちなみに出発は明日なんだが、大丈夫か?
なになに、ルナも一緒に来るの?
リーオも加わってあれよあれよと同行する方向で話が進み、ルナは潔く頭を下げることにした。
「あぁ、そうだ」
そして別れ際、思い出したように告げられたのは、
「絶対に今日みたいなカッコしてくんじゃねえぞ。化粧も、金目の物も駄目だ。
あと……」
『自分の剣を持って来い、なんてね……』
フィアナの家という施設のことは、大分前から知っていた。
旧首都・サブリエの中心部にほど近い場所。 そこでは家や財産、地位を失った者が集まり、殺人、盗み、喧嘩、淫行が日常のように行われる。そんな危険地帯に建てられた異例の施設だ。
フィアナの家――ナイトレイの施設が建てられたせいか、最近は悪い噂はあまり聞かなくなった。
そこそこ統制されているのだろう。剣の所持を命じられたのは念のためか。
以前の授業で使ったものよりも若干細く、長い剣。白銀色の鞘に収まったそれを麻布に包んで手に持つ。
最後、枕元にある濃緑色のリボンをポケットに突っ込むと、ルナは部屋を後にして待ち合わせ場所のロビーへ向かった。
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