箱庭聖譚曲

□30.桎梏
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やれやれと肩を竦めたブレイクは、しかしすぐに脱力して何も言わなくなった。


その様子にルナは眉を顰める。





長く会わない間にブレイクの体調不良はここまで酷くなっていたのかと、後悔めいた感情が湧いてくる。
こんなことなら、自分には甚だ似合わない行為だが短期間かつ定期的に彼か彼の主と連絡を取っておけばよかった。








「……ネェ、ルナ」


『……喋らないで下さいって』


「キミは普段大人ぶっているくせに肝心なところで子供っぽくなります」


『だから……』


「キミが自分の感情をネ、上手く表現する術を分かっていないからそーゆーことが起こるんです」


『…………』


「それでもって、肝心な時になると変に心が高ぶるから混乱する。たしかにキミは自分から何かに関心を持つことは少ないですけど、無感動なわけではないですから」







まだ話し続けるブレイクに少女は何も言えず黙り込む。

相当辛いはずなのに、自分のことで精一杯なはずなのに、口から出るのはルナのことばかりだ。しかも彼女自身よりも彼女に詳しい。





「気づいているかは知りませんが、昔に比べたらキミは大分子供っぽく……年相応になってて、正直驚きました。そっちの方がいいですヨ?」


『…………』


「ですけどネェ、なにも……」






まるで何かを教えるように。


きっと彼はそれさえも、
“自分のため”だと言うのだろう?








「そんな泣きそうな顔を見たいわけでは無いんデス」







さっきのギルバートにしたようにルナの頬にエミリーを押し付けて彼は困ったように苦笑した。




“泣きそうな顔”とやらを自分がするわけが無いとルナは思っていた。実際今の彼女は唇を噛んでいるわけでもなければ涙を浮かべているわけでもない。第一その理由が無い。
さっきから顔中を伝う雨は不快だが。




『……そう見えますか』

「――雨のせい、ですかネ」

『そうですよ』




目、悪くなりました?

冗談のつもりで、少しだけ微笑んだ。






――そこで彼の意識は限界だったらしい。

ルナはそっと溜め息をつく。


『だから喋るなって、言ったのに……』


お姉様に怒られても庇いませんからね、

そんな言葉を空気と共に吐き出し彼方を見遣ると、やっとパンドラの人間達が辿り着いたようだった。



『“泣きそう”……ね』


でもたしかにあの時の自分は、無表情ではなかったかもしれない。





















同時刻。


パンドラの敷地とサブリエの穴の奥、相対する二つの場所では同じ内容の会話が繰り広げられていた。

すなわち、100年前のバスカヴィル家当主、グレン=バスカヴィルについて。



――“100の巡り”の言い伝え通りグレンの魂はこの世に戻って来ている。しかしバスカヴィルがいくら捜そうとその姿どころか気配までつかめる様子はない。

そこで、100年前の出来事を書物という形で保有するバルマ公と見つからないことを不審に思ったバスカヴィルの民らは同じ結論に至った。


邪魔をされている。


グレンが目覚めぬように。
何かが彼を彼岸に繋いでいるのだと。
















そして、さらに別の場所で、

その鎖は断ち切られた。





















――ドッ……!!



「なんだ!?」

『……地震……?』



国が、揺れた。








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