箱庭聖譚曲
□32.仕事
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ブレイクとオズは似ている。
ルナはどことなくそんなふうに思った。ちなみにシャロンも彼女と同じ考えを持っているが、今は知る由も無い。
いつも笑顔で飄々とした様は決して他人の警戒心を解くためのものではなく、自分に踏み入らせないためのもの。無表情が多いルナ自身とは逆の意味でその心中は測れない。頭は良い、だから厄介。そして何より自己犠牲心……というより自分を軽く見すぎる癖がある。周囲がどれだけ彼らを想っているかが分かっていない。たしかに彼ら以外にも自分が大切だという事実に気付かない者はいるかもしれないが、彼らの場合過度すぎる上に無茶苦茶するから皆気が気でないのだ。
むしろ主立った相違はひとつ、大人か、子供かという点だけではないだろうか。
壁に背中を寄せ久しぶりにギルバートがいれてくれた紅茶のカップを手にし、ブレイクの部屋に集まってサブリエで起きた出来事についての話し合いにちゃっかり耳を傾けつつ、ルナはつらつらとそんなことを考えていた。
一人で行動する時間が少なかった彼女は別段話すことがない。幻影とやらも見ていない。
シャロンに叩かれた後、ブレイクは何もなかったかのように、とはいかないがベッドの上に座っていた。言うまでもなく口の悪さと道化ぶりと甘味好きは健在らしく、紅茶もスコーンもいただいている。
ふと、視界の端にちらついていた彼の手つきに違和感を覚え視線を移すと、やはり、何か……?
じっと見詰めて、とうとう少女はその正体に気が付いた。
『……………………え?』
…………手探り……?
「バスカヴィルと会ってどうするつもりだったんだ?」
「…………。ヒ・ミ・ツ」
『……………………』
ブレイクが目の前のスコーンを、手探りで取った。
一度位置を確かめてから。
それから彼は何かに気付いたようにこちらを向き、唇に人差し指をあてて「静かに」というポーズをとってみせた。
私に気づいたということは、やっぱり見えてる……?
いや、でも、それにしてもさっきの仕草は……
ルナは結局ブレイクの傍らに赴き、彼の手に紅茶の入ったカップとソーサーを持たせた。スコーンは分からなくても茶器の音を立ててしまったら誰だって彼の様子がおかしいことに気が付く。
『……病み上がりなんですから、あまり動くのもどうかと思います』
「それもそうですねェ、ありがとうございます」
何の芸か一口で紅茶をすべて飲み干したブレイクはこちらにカップを寄越した。やはり見えていないのか。ルナはカップを受け取り元の場所に置き直す。
それを契機に病人(仮にも)の身体に障るからという理由で今日の話し合いはお開きとなった。
オズやシャロンが帰っていった後もルナはレイムと共にその場に残り、じっと隅で息を潜めていた。何も言わず、二人の会話を聞く。
「……本当に…視えていないのか……?」
見えない、たったそれだけ。しかし脳における視覚の占める割合は高いのだと聞く。歩くという行動ひとつ取ってもいつも通りにとはいかないのが普通だ。無論彼が普通の領域を凌駕していることなど百も承知なのだが。
……私は目を閉じていては、屋敷の廊下さえ歩くことは出来ないだろう。
改めて彼に追いつけない差を感じるが、今はそれどころではない。
レイムが3日間ブレイクの仕事を一手に引き受けると言うので、ルナはせめて半分は自分に、と進言した。
「しかし、いいのかね?」
『お二人とも有能ですから、普段の仕事の量から考えてレイムさんひとりでは大変でしょう』
「いや、いつものことだが……それよりルナ、学校は?」
『先日休暇に入りましたのでご心配なく』
「……そうか。では頼もう」
――やがてレイムも出ていくと、ルナはまた部屋の隅からベッド横まで移動し、そこに腰掛けた。
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