おお振り

□一万打記念小説
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「Trick or treat !」


朝練のため部室に向かって歩いてたら、陽気な声と共にポンと肩を叩かれた。振り向けば、緩く笑った水谷の顔。


「え、とり……?なに?」

「トリック オア トリート。お菓子くれないとイタズラしちゃうぞ!って言ったの。今日、ハロウィンだよ?」

あー、今日、10月31日かぁ。

ハロウィンって水谷の好きそうなイベントだよな。


「栄口、お菓子持ってる?」


緩んだ頬のまま、差し出された手のひら。


「……持ってない」


休み時間に食べようと思ってコンビニで買ったパンならあるけど。


やっぱりね、って言って肩を竦めた水谷に「はい、コレあげる」ってコンビニの袋を渡された。中に入ってるのはチョコレートのファミリーパック。


「?」


なんで水谷が俺にチョコをくれるんだ?「Trick or treat」って、言われたほうがお菓子をあげるんじゃないのか?


「それはイタズラ防止用。きっと栄口、お菓子なんて用意してないだろうから」

「うん?」


何せ、今日がハロウィンだってことすら忘れてた。


「栄口が誰かにイタズラされるなんて嫌だからね!俺が阻止しないと」

「はぁ……」


まぁ、くれるってものはありがたくもらうけどさ。

イタズラって、どんな妄想してんだ。


「で、栄口、お菓子持ってなかったから俺にイタズラさせてね?」

「……」


うきうきと楽しそうに「こっちこっち」って、物陰に引っ張って行かれる。


(何する気なんだよ)


「見て見て!」って水谷がカバンから取り出したのは……


「ジャーン!季節限定・冬のくちどけポッキー!」

「うわ、ホントだ。早いなー、もう冬バージョンか。かえって季節感ないよな」


秋季限定のお菓子だってまだ店頭に並んでるのに。


「ま、ね。でも、栄口こういうの好きでしょ?"くちどけのよいチョコレートをたっぷりコーティングし、ココアパウダーで贅沢に仕上げました"……って、美味しそうじゃない?」

「好き好き〜。うまそー」


パッケージを破る水谷の手をワクワクして見つめる。

水谷はポッキーの先端を指先で摘まむと、プレッツェルの方を俺の口許に向けて差し出した。


「あーん」

「……は?」

「ほら、あーん」


ふにゃんと笑った水谷に「イタズラだよ〜」と言われて、そのためにここまで引っ張って来られたことを思い出した。

仕方なく「あーん」と口を開ける。


……イタズラ、なんだろうか、これは。……よく分からないけど、恥ずかしい。


「食べちゃダメだよ。そのまま、くわえててね」

「?」


水谷の顔が近づいてきた、と思ったら、俺のくわえてるポッキーの先を食べ始めた。


「〜〜!」


ビクンと顔を引いたら、咎めるような視線を投げられて、それ以上動けなくなった。ふっと柔らかくなった水谷の栗色の瞳に見つめられて、カァーっと頬が熱くなる。


(イタズラってポッキーゲームのことかよ)


目と目を合わせたまま、ゆっくりと、でも確実に近づいてくる水谷の唇。触れそうな距離に堪えきれなくなって、ぎゅって目を閉じる。

くすっと笑う気配がして、「ん、美味しかった」と満足気な水谷の声に目を開ける。


後は栄口が食べていいよ、って俺に残されたのは、プレッツェルの部分だけ。


(チョコのとこだけ食ってくなよ……)


俺は口に残ったほんの少しのポッキーをもぐもぐと食べた。


……美味しくない。


「どうしたの?栄口」


指についたココアパウダーを舐めてる水谷から視線を逸らす。


「別に。ただ……チョコのないポッキーってポッキーじゃないよなって」

「ホントだ、それだとポッキーじゃなくて、プリッツだねぇ」って、呑気に答える水谷の頬をふにんと引っ張ってやる。


「俺も冬のくちどけポッキーが食べたかった、って言ってんの」

「ほへん」


謝ったって知らない。


摘まんだほっぺの肉から手を離すと、背中を向けた。


「さかえぐち〜、ごめんって。かわいいイタズラだったんだよ〜。」


どこが可愛いんだよ。

俺はすっごくドキドキしたのに。


「さかえぐち〜、怒らないでよ。こっち向いて。ポッキー分けてあげるから」


そういう問題じゃないって振り返ったら、ポッキーくわえた水谷がいて、俺は誘われるまま、冬のくちどけを味わうことにした。

さすがに恥ずかしいから、目を閉じて、ポリ…ポリ…とポッキーを食べていく。

プレッツェルのとこだけ残そうとしたら、水谷に後頭部を押さえられて、お互いの唇と舌を味あうことになった。







Happy Halloween !
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