rainy rainy

□其ノ貮。
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 撃剣部に所属する部員は、先輩と僕の二人しかいない。其れ故に余計に広く感じてしまう運動場に、二つの影が其其に佇む。
 胴着と袴に着替えた僕は、冷たい床に正座し胴と垂れを装備していた。其の隣で何処かに視線を馳せる先輩。整った白い横顔と、しかし其れを隠すように半ばまで覆う黒いセミロングの髪。眼鏡の奥の双眼は黒く澄んで……。
 ふと此方を向いた先輩の視線に、はっと我に返る。防具に手を掛けたまま止まっていた僕を訝しげに見下ろし、先輩は悪戯な笑顔で口を開いた。
「あめみー君あめみー君。君はアレかね、我輩の素敵過ぎる容姿に見惚れてしまっていたのかね、ん?」
 無い髭を撫でる似非高官に、僕は思わず悪乗りしてしまう。
「はっ、恐れ多くも其の通りでございます」
「そぉかそぉか! ……早く着替えろって」
 呆れ気味な苦笑で三文芝居の幕を下ろした先輩は、竹刀で軽く僕を小突くと、防具を着けるどころか胴着に着替えようともしないまま再び何処かを眺める。僕は気になり、手を休めぬように気をつけつつ訊いた。
「何を見てるんですか、先刻から」
 しばらく沈黙が生じた。先輩は視線を固定したまま、微動だにしない。何気ない質問だと思ったが、何かまずい事を訊いてしまったのだろうか……。謝ろうとしたとき、先輩は小さく「雨を」と呟いた。
「雨?」
「そう、雨」
 防具を着け終えた僕は立ち上がり、先輩の視線の先に目を遣る。窓があり、其の向こうにはやはり雨。雨しか無かった。
「なんだかね、すごく近くに感じるんだ」
「雨を、ですか」
「うん。雨を」
 屹度、其れが降り続いてることを云ってるんじゃない。なんとなくそんな気がして、僕は其れ以上何も云わなかった。いや、云えなかった、か。先輩の言葉の真意が、僕には一も解らなかった。
 しかし、先輩は続ける。何時にない真剣な表情に、声に、僕はただ聞き入っていた。

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