rainy rainy

□其ノ參。
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「でも其れは、雨自体をじゃないと思う。彼の中にあたしを感じる。彼の中に、君を感じる」
「……」
「わかんないでしょ。あたしもよく、わかんないんだ」自嘲気味な苦笑を漏らす、其れは何時もの先輩の表情だった。
「練習、始めよっか」
 答えの見えない問い投げかけ、相手が解き明かす前に、与えた問い自体を消してしまう。時折彼女がそうするように、今回もそうなのだろう。だいぶ思考を掻き混ぜられた気がするが、気にしないほうがいいのかもしれない。
 床に置いておいた竹刀の柄を蹴り上げ手で掴み、切っ先を先輩に向ける。
「お手柔らかに」
「小芸に於いては相変わらずの腕だよね、尊敬しちゃう」
 云いつつ剣尖を合わせて適当な間合いを取る先輩。乾いた音を響かせ合わせては離す切っ先の掛け合い。手元を緩めては誘い、しかし決して許すつもりはない其の駆け引きの中、先に先輩が動いた。次いで僕は受けの体勢を取ろうと柄を下げに入る。
 右足のみの踏み込みと、迫り上げからの胴狙いの横薙ぎの一閃。殆ど間合いを変えずに振るわれた先輩の竹刀は、其れを読んで置かれた此方の竹刀と噛み合うに止まり僕の胴には届かない。
 先輩は動じないし、僕も特別感動したわけでもない。九割予測出来た初手を止められたところで何も無く、既に先輩は次の斬撃に移ろうとしている。手数を重ねる毎に鈍る読みの感覚と、其れに伴い低まる反応速度。そして敗北に至るのは目に見えていた。
 と云うか、僕では彼女には勝てない。
 間も無くの手首の回転からの篭手打ちと弾き上げで凌ぎ、即座に後方に跳躍。引き際の袴の裾を掠めて床を叩いた竹刀の軌道を見据えつつ、摺り足で更に後退する。先輩が大上段の構えから振り下ろした竹刀は、弾みもせず微動だにしない。どれだけの力を込めたら弾性を無視できるのだろうか……いや、其れよりもそんな力で撲られたら僕はどうなってしまうのか、先輩に考えてほしい。そして其の先の素敵な未来を予想して。僕は、自身が脳漿の中に崩れる様を想像したくなんかない。
「初手に還した、かな?」
 重そうに竹刀の剣尖を上げつつ先輩。其の目は僕を真っ直ぐに見ていた。

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