rainy rainy

□其ノ肆。
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「剣に脳が詰まってるみたいだよね。思考で、太刀筋が鈍ってる。もっとも、考えがあってこそ、其れがあめみーの剣なんだろうけど」
「先輩だって、考えて振ってますよね?」
「重くなるほど考えないよ。……ってあれ、あめみーもしかしてあたしの脳の構成物、筋肉か何かとでも思ってた?」
「いえ、まさか」微笑とともに返しながら、僕は今も思考を廻らす。「其の上、考えてること自体を微塵も感じさせすらしないところとか、すごいと思います」
 先輩は呆れた様子で小さく笑う。
 僕も弱弱しいながらに、微笑を返した。
 僕が先輩に勝てない理由は、先刻彼女に云われた"剣に脳が詰まっている"ことに他ならない。其の僕に対し、彼女にとって剣は全て。もはや趣味の域を超えてしまっている。其れでも僕が彼女と対峙するのは、無理矢理でも此処に入部させられてしまった誼なのかもしれない。惰性か、其れとも……思わず漏れたのは苦い苦い笑み。
 読みがほぼ全てな僕にとって、先輩の流れるような太刀筋を受けることも、矢継ぎ早に放たれる竹刀を処理しきり流すことも不可能。手数が重ねられれば重ねられるほど僕の剣は死んでいく。だから、流れを止めた。今稼いだ時間が、"彼女に意図的に与えられた"ものであったとしても、僕は厭わない。十分な間合いをとり、実質的に初手に還す。受けられる状況下で、次の一手を誘うために。
 ひゅんと髪を揺らす風を感じ、僕は防禦の体勢をとろうとする。胴狙いか突きと読み、再度弾き上げるために咄嗟に竹刀を上げた。「あ……え?」
 振り上げた両腕の間から見た先輩の姿は、先刻の位置から微塵も動いていなかった。しかし其の手の中から、竹刀は消えていて。
「其処に居るの、誰?」
 冷たく落ちた先輩の声に継ぐように、僕の背後で響く竹の叩きつけられた音。間抜けに振り上げたままの腕を下ろし思わず振り向くと、運動場の出入り口扉の辺りで竹刀が弾み、空しく転がった。
「危ないじゃない、随分な冷遇だわ」
 陰から現れたのは、黒い長髪の女だった。黒いスーツにサングラスを掛けた様はいかにも怪しげで、しかし其の若さからか妖しくも見えた。
「先輩のお知り合いですか?」
「軽く見たことがあるだけ。ただ云うならば、全くいい知り合いじゃない」
「失礼ね」女は竹刀を踏み割り、運動場に足を踏み入れた。「折角今回も私が出てきてあげたのに」

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