rainy rainy

□其ノ伍。
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 先輩が僕の前に出た。振り返り見た通り過ぎていく横顔は、不機嫌そうに歪んでいた。
「御国の狗も暇だね」
「云うほどでも無いわ。と云うより、私は貴女たちの担当に就きっきりだもの。むしろ忙しいくらいだわ」
 僕はぽかんと立ち尽くす。目の前で展開されている光景も会話も理解できずに、ひとり蚊帳の外に居た。
 ふと女と目が合う。思い出したように女は口を開いた。
「そう云えば、雨宮くんと会うのは初めてだったわね。はじめまして、政府高官たる身分でありながら自ら現場に赴き任務をこなす、スーパーが付くキャリアウーマン、望月彩葉よ」
 明らかに胡散臭く、怪しさ全開な挨拶だったが、僕は苦笑を押し殺し会釈を返した。
「ど……どうも。よろしくですっ……ス」
「"よろしく"?」
 何が可笑しいのか、女は口紅の赤い唇で緩い弧を描いて嗤う。
「ねぇ詩音ちゃん? 雨宮くんに、私の事話したことなかったの?」
「小学生の悪戯を、一々報告する必要が有るとでもお思いで?」
「何処までも失礼しちゃうわ。いいけど、別に。愉しい愉しい軽口も、そろそろ叩き修めだものね」
 やっぱり、彼女が何を云っているのか理解できない。そして彼女と先輩との全く関係も見えてこない。此処に居るのが場違いな気さえしてきた。
 そんな僕の心情など知りもしないであろう女は、愉快げに語り続ける。
「よろしくなんて、先の無いひとが云う言葉じゃないわ。寂しくなるわねぇ……。でも、ふたつの若い生命より、もっと多くの生命と国土の方が大切じゃない? だから、貴女たちには死んでもらわなくっちゃ、ね?」
「は?」
「あー…。雨宮くん、詩音ちゃんから何も聞いてないんだもんね。でもごめん、私から説明は出来ないわ。だって、すっごく面倒だもの」
 ひらひらと手を振り、へらへらした様子で其処に佇む彼女を、先輩は明らかに嫌悪していた。僕には不思議言動が恐ろしくて仕方が無かった。
「あめみー、竹刀借りるよ」
 声は掛けるだけ。半ば奪うようにして僕の手から竹刀を掴み取った先輩は、其の先を女に向けた。
 女は、動じない。
「れでぃに剣を向けるものじゃないわよ」

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