rainy rainy

□其ノ拾。
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「あと一時間……其れで雨が止まなかったら、君も殺さなくちゃだわ、雨宮君」
「何で、こんな……!」
「"何で"? 愚かしい質問だわ」
 女は血振りをしつつ、僕を見下ろしていた。
「大雨が永遠に続くの、どう思う?」
「其れは……困ります。けど……」
「誰もがそうよ。其の声を、此のナイフが代弁してるの」
「だからって、殺さなくても!」
「殺すしか、術がないの。其れに、其処まで至らせたのは詩音ちゃん自身よ……皮肉よね」
「貴女が、そんな態度をとっていた事も、一因でしょう?」
「胃に痛くないための、折角の演出も否定されちゃうなんてねぇ…」
 僕はもう、彼女とは会話したくない。黙って先輩を抱え、背を向け歩き出した。
「だんまりなんて、冷たいわね」
 刹那、肩に激痛が走り先輩を落としかけてしまうが、必死に耐える。引き裂かれるような痛み――ナイフだろうか。
「何処かに逃げに行くんでしょう? 其れは、私からの餞よ」

 僕は、小さな川の岸辺に来ていた。辺りは鬱蒼とした林で、気味が悪いが広がった葉のおかげで身に来る雨はやや弱まっていて。
 川の水で先輩の傷を洗おうと、流水に其の左腕を浸けると、痛んだのか先輩は顔を顰めた。
 そしてゆっくりと、閉じられていた口が開けられる。
「前に、模擬戦で、来た、川だね」
 目は閉じられたままだったが、先輩はどうしてわかったのだろうか。訊こうかと思ったが、余計に喋らせてしまっては体力の消耗に滑車をかけてしまう気がして、僕は「えぇ」と答えるにとどまった。
「でもまさか、本当に、殺されちゃうなんて、ね」
 僕は何も返せずに、先輩を見た。先輩は笑った。痛いほどに、弱弱しい。
「あめ、みーも、痛いでしょ、肩の、ナイフ」
 開かれた目と目が合う。虚ろに沈んだ、光のない瞳と。
 僕は悲しくなって、泣いた。

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