novel(2)
□ていでん。 (or non title
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がたんと音を立てて、電気式自動昇降箱の上昇動作が停止した。
一拍遅れて、非常灯に明かりが点った。
「停電、ですか」
「停電ね」
頼りない小さな明かりの下、ふたりの少女が無機質な顔を見合わせ、云う。
ひとりは長身、長い脚の殆どを隠してしまう丈の、黒いドレスにフリルで縁取るエプロンを重ね、頭にはヘッドドレスを飾り、
ひとりは子どもと見紛うような幼い肢体を、黒を基調にしたゴシック&ロリータ風にひらひらと飾って。
まるで御伽噺の絵本から現れたようなシルエット。
人形と、従者。
どうしたものでしょうかと、従者が問う。
人形が箱の中を見渡した。
見渡す、と云うには少し狭過ぎる気もしたが、とにかく、彼女は箱の隅のひとつひとつを、面の一面一面を、ゆっくりと撫でるように見ていった。
背には扉。
右に広告、左にボタン群。
人形の見る正面には、三尺余りの高さから取り付けられた一枚の鏡。
特に変わったところの無い、エレベーターに他ならない箱のそれぞれである。
壁を這う人形の視線はやがて一回りし、次いで向かいに佇む従者の腰から双眼へと上がってゆく。
「こんな密室の中、一組の男女が在ったら何をするかしらね」
幼い紅唇の端を不似合いな妖しい笑みに歪め、人形は従者を上目遣いに見、微笑した。
従者は其の表情に、変わらず何の反応も見せずに見返す。
「其れは屹度――」
はさりと、布擦れの音がした。
頭ひとつふたつと低い身長の人形に覆い被さるような格好で従者が扉に片手をつき、そうして身体を支え、耳元に顔を寄せてきた。
「ひ・じょ・う・で・ん・わ」
頭ひとつふたつと高い身長の従者に覆い被されるような格好で人形が、小さく苦い微笑を浮かべて、其の眉間にしわを寄せた。
まもなく、ビルの管理棟に繋がる非常電話のスイッチの押し込まれる音を聞いたが、其れきり何の音も耳に入らない。
「回線も死んでいるようです」
淡々と従者が云う。
間近に聞いた鼓膜を揺らす声に、少し擽ったそうな様子で人形は従者を見上げた。
どうしたものかしらねと応える。
「電気の戻るのを待つしかないかと思われますが」
「気長なものね」
人形が鼻で笑うのを聞き、従者は小さく小さく苦笑した。
「他に何か出来ますでしょうか」
「いえ、ないわよ。でも待ち惚けは酷く苛々するわね」
人形が伸ばした白い腕が、其の指先が見上げる顎に届くよりも速く、従者はすっと身を引いてかわす。
「手を出す前に思考し、言葉を紡ぐのが文明人として最善かと思われますが、如何でしょうか」
薄く莫迦にされた気がして、人形は引き攣った微笑で応える。
「我が儘を云ってるわけじゃないわよ、ただ、時間が勿体無いじゃない。貴女はそうは思わないの」
「……お嬢様に時間を惜しむような心が在ったことを知れた、此れ以上のことを今望むのは愚かなような気がして参りました。しかしながら気になりますのは、何がそんなに惜しいのかということで御座います」
「……今夜、湯浴みが済んで暇が有ったら教えてあげるわよ」
「確かに、汗と埃は流したいですね。何より、今夜湯を張ったバスタブに浸かることが出来たらのお話で御座いますが」
少女ふたりはお互いの不毛なやり取りに呆れ、黙った儘其れからしばらくの時間を経る。