間の楔
□鎖
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追い詰められた青年は顔を強張らせ、後退る。
「なんで、俺なんだよ」
そう言って、わななく唇が紡いだのち、頬に当てられた掌の主が穏やかに、されど内に秘めた激しさを青年に向けた。
歓楽都市、ミダスのとある場所での些細な出来事だった。
ミダスの夜はながい。
どぎついネオンが点滅しどこもかしこも眠りを忘れている。
ありとあらゆる娯楽に富み、行き交う人々も足取りがどこか浮わついていた。
酔っぱらい、覚束ない足取りをした男が、通行人の肩に体をぶつけた。
ふらふらと尻餅をついている男に一瞥もくれず、黒い髪の青年、リキは人混みの中に紛れた。
どいつもこいつもへらへらと毎日を過ごしていやがる。
苦々しいものが腹の中を這いずり回る。
先程の酔っぱらい然り、無性に腹がたって仕方がない。
かと思えば、先日のことを思い出してその気すら尻窄む。
戻らなければならない。
リキはその現実を鼻先に突きつけられていた。
タナグラ。
病的なまでの整然とした美しさに見とれる者も少なくはない。
ミダスの華やかさとはまた違った冷めた美貌であった。
「イアソン」
軽い機械音の後、ゆっくりとドアが開くと同時にプライベートルームへ入ってきた人物がいた。
イアソンは背後を振り返らずに、手に持っていたグラスを揺らした。
「ラウールか」
ラウール・アム。
タナグラにおける遺伝子工学のスペシャリストであり、イアソン・ミンクの唯一の友人でもある。
「本当にやったようだな」
棘を含んだ言い様にイアソンはうっすらと笑んだ。
「リキのことか。今度は随分と早く耳に入ったようだな」
「人質まで取ったと聞いたが」
「さてな」
さっと頭に血が上り、ラウールはテーブルに拳を叩きつけた。