創作
□御伽噺異伝 漆
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桃太郎と浦島太郎が山道を歩いていると、目の前をおじいさんが通過していきました。
「人の翁とは、山を転がり落ちて来るものなのか?」
「違うよっ」
悲鳴に近い声を上げると同時に、浦島太郎はおじいさんを追いかけて坂を駆け下ります。
友人が見せた意外な瞬発力の高さに、驚愕と感嘆の気持ちを込めて桃太郎は目を円くしました。
「桃も早く。助けないと」
浦島太郎にせっつかれ、桃太郎は肩を竦めます。
「ふむ…人の常識は未だによく分からん」
そうぼやいて頭を掻くと、桃太郎は浦島太郎の後に続いて走り出しました。
幸か不幸か、おじいさんが転げ落ちる軌道上には障害物が一切ありません。
不規則に生える木々や、小枝に葉を茂らせる灌木、鋭い岩肌の落石すら、進路を塞ぐ位置にはありませんでした。
おじいさんはまるで導かれるように、山の斜面を転がり続けます。
「む」
「どう、したの、桃?」
楽に浦島太郎を追い抜かした桃太郎が、前方の様子に目を凝らしました。
「穴がある」
「あ、な?」
息を切らしながら走る浦島太郎へ、桃太郎は平静な調子で続けます。
「ああ。だが小さい…あれに身体が少しでも引っ掛かってくれればいいが」
「それはそれで、危ないよ。きっと骨が、折れてしまう」
楽観的な判断を下す桃太郎に対し、人の身、ましてや年齢を重ねた人体の耐久性を思い、浦島太郎が悲観的な声で叫びました。
「そうなのか。それはいかん」
納得の意を示し、桃太郎は更に脚に力を込めておじいさんを追いかけます。
鬼に勝るとも劣らない強靱な肉体を活かし、桃太郎は一間(=約181.8cm)を一足で駆け、跳ねるように坂を下ります。
真っ直ぐに穴へ転がるおじいさんとの距離、あと三尺(=約90.9cm)という所に迫ったその時――
桃太郎は突然その脚を止めました。
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