創作
□御伽噺異伝 漆之後
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腹の底から発した声は、闇に吸い込まれて消えた。
「おおい」
何度試みるも結果は同じ。山村に響く寺の鐘の音が如く、声はぼわんと鈍く膨張した響きで周囲に拡散し、溶けるように消えていく。
光は愚か、音ですら存在を許そうとはしない虚無の闇。
そんな空間に、浦島太郎は一人取り残されてしまった。
奇妙な体験をいくつもしてきた浦島太郎だが、このように視覚と聴覚を極度に制限された事はなかった。
己の指ですら視認できない闇の中、自分の手元にあるのは豪奢な装飾が施された玉手箱が一つだけ。
「…桃…」
唯一の友の名を呟く声も、返される音の無いまま無情な闇に飲み尽くされる。
ひたりひたりと忍び寄る絶望から逃れるべく、浦島太郎は意識を過去へと向けた。
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