創作
□起之章 浦島ノ段
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「……おらは、誰?」
唄が聞こえ、ゆったりと目蓋を持ち上げた。
視界はぼやけ、鼻は詰まっているのか呼吸がし難い。
身じろいだ拍子に耳の中はぼわりと揺れ、濡れているのか、髪はぺたりと顔に貼り付いている。
「…え…」
湿った唇を動かし、痛む喉から声を零す。
すると唄が止み、とてて、と足音が近づいて来た。
「あ、気付いた、起きた」
ころころと鈴を転がしたような声が降る。
霞む目を擦ろうとすると、腕は重く、動かすのが酷く気怠い。
「…ここは…」
「ここは秘密、内緒なの。あなたがいた所とは少し別の、ちょっと違う所なの」
唄うように言葉を紡ぐのは、おかっぱ頭に赤い着物を着た、一人の少女だった。
少女はくすくす笑い、上から顔を覗き込んでくる。
「溺れかけていたけど、平気?大丈夫?このお手玉は幾つ?何個?」
そう言って少女が片手で掲げて見せたお手玉も赤く、ゆらゆらと僅かに揺れる様は水平線に沈む夕陽を彷彿とさせた。
「一個…」
「正解、当たり」
「…ねえ…」
「なあに、どうしたの」
「……おらは、誰?」
未だ晴れない頭の中では、己の名前すら見通せない。
心底困った事態だという事だけが、燦然と輝くばかり。
眉を八の字に歪めれば、赤い少女はきゃらきゃらと笑い声を立てた。
…承之章 浦島ノ段ヱ続ク…