創作

□パン屋の幼なじみは勇者です
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 幼なじみが勇者になりました。



 はじめまして。私は村のパン屋の娘です。
 今回は私の幼なじみの、ある一人の男の子について話をしたいと思います。

 近所に住むその子は昔から放浪癖と言いますか、探検癖と言いますか…とにかく、ふらっといなくなる事がよくありました。
 どこに行くとか何をしに行くとか誰にも言わずにいなくなり、酷い時は大ケガを負って帰ってくるのです。
 村長さん達に叱られても全く懲りず、その子は度々いなくなりました。


 けれど、その悪癖には少しだけ改善された点があります。

 ある時、その子がまた出かけようとしている場面に鉢合わせた際に、私はこう言いました。

「お腹が空いたら食べて。三日くらいは保つから」

 私達は一緒にいることが多く、悪ガキによくからかわれるほど仲良しでした。それなのに、幼なじみは何をしているのか私にも言おうとしません。
 秘密にされている事に対して当時の私は不満と心配を併せ持っており、殴りたいような泣きたいような気持ちでいっぱいでした。

 そこで上のように、つっけんどんな言い方で自作のパンを押し付けたのです。
 その子はパンを受け取ると黙って頷き、やっぱり何も教えてくれずにふらりと行ってしまいました。今度会ったら頭を叩こうと決意した瞬間です。


 しかし、それが果たされることはありませんでした。


 パンを渡した三日後、村に戻ってきたその子は私に会いにきて「ただいま」と一言言いました。
 勝手に消えていつの間にか戻ってくる彼が、そんな挨拶をしてきたのはこの時が初めてでした。

「…おかえり」
「パンおいしかった」
「…また作ろうか?」
「うん」

 絆されたというのでしょうか。叩くぞと拳を握っていたはずの手はパンを焼き、何日保つのか言い添えて幼なじみにまた渡していました。

 するとその子は頷いて「行ってきます」と返したではありませんか。

 挨拶らしい挨拶を交わせたことに驚く私の前にその子が再び姿を現したのは、パンの期限が切れる日でした。

 これを何度も繰り返すうちに、私は詮索することを止めました。
 パンの期限が切れる頃には戻ってくる。悪癖に見られた変化は村の人達にも知れ渡り、村長さんも「しょうがないな」と苦笑するだけになりました。


 そんな幼なじみが初めて告げた行き先は、なんと魔王の城でした。


 
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