創作
□御伽噺異伝 衝
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「鬼だと、知れたからだよ…」
溜息と共に吐き出したおらの返事に、桃は首を傾げる。
振り返った先に見えた桃のそんな姿に、おらは唇を歪めた。
「人にとって、鬼とは恐ろしいものなんだよ、桃」
「それは」
「だから、だよ。桃が不思議な程力を持っている。その理由が、桃が鬼だからと知って、それで村人は桃が恐ろしくなったんだ」
事実を、出来るだけ落ち着いた調子で述べる。
そうしないと、感情が暴発しそうだったから。
遠くの方でカラスが鳴いた。
気付けば日は傾き始め、ややもすれば、裾野は橙色に染まるだろう。
語尾が伸びた特徴的な鳴き声が三回聞こえた後、桃がゆっくりと唇を動かした。
「それが、理由か?村の奴らのあの叫びっぷりの真相が、それか?」
「そうだよ」
これほど冷たい声が己から出るのかと驚いた。
「俺は人間を襲って喰ったことはないぞ」
「うん」
「俺を育ててくれた海鬼族の連中も、俺が島に来てからは、人間を攫ったり喰ったりすることは無くなったぞ」
「うん」
「それでも、か?」
「うん」
共に旅をしてから幾月も時が過ぎたが、これほど寂しい空気が流れた事は無かった。
唇に立てた歯の力を緩め、人間擁護の言葉を紡ぐ。
「人に、鬼を怖がるなと言うのは、無茶な頼みであって…それは、魚に鳥を怖がるなと言うようなもので…」
だから、聞き入れてくれ。
この先も同じ事を繰り返さないために。
「だから、桃、覚えておいて。人は、鬼が怖いんだよ」
綺麗な心が傷つく姿は、もう見たくないから。
だから。
「…分かった」
梢を吹き抜ける風が音を奏でる。
ざわざわ、ざわざわと。
それは血の気が頭から引く音。
それは心が悔しさと遣る瀬無さで乱れる音。
ざわざわ、ざわり。
ふいに風が止んだ時、桃から諾の意を示す呟きが零れた。
地平傍まで来れば、日がその姿を消すまでの時間は驚く程短い。
大きく真っ赤な日が揺らめきながら地の下へ消えて行くのを、おらと桃は無言で眺めていた。
二人揃って草地に腰を下ろしているが、その間には常ならぬ距離が保たれている。
値にすれば二尺程度だが、その間を詰めることが今のおら達には出来なかった。
人と、鬼。
その差を改めて目で見える形で見て、言葉を耳から聞き取った。
そうして出来た、いや、気付いたこの距離。
これは酷く遠い、乗り越えてはいけないものだと、普通の人なら思うのだろう。
でも、おらは。
「…浦島は」
辺りが真っ赤に染まる中、消え入りそうな声を伴い、桃がおらを振り返る。