創作
□夜明け前の独奏-yoshio-
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夜になると度々、両親の間で相互理解の不調が起きた。
夫婦喧嘩と言うほどはっきりとした口論は無い。
あったのは、母が疲れたような言動を取る事と、それに対して父さんが嘆くような、悔しがるような表情を浮かべて溜息を吐く事だった。
テレビで見るような喧嘩は無かったのだが、室内の空気は確実に冷え、どんよりとした沼が足元に広がっているようだった。
息も吸える、言葉も発せられる。
けれど、足が上手く動かず身動きできない。
何を言っても相手に届かない。
手を伸ばしても、その場から動けないのなら何処にも行けない。
いき詰まった家の中は苦しくて、そんな夜はベランダへと避難していた。
両親の視界に映らないようにゆっくり移動して、閉まり切っているカーテンの裾に潜り込む。
鍵を開け、ガラス戸をなるたけ音を立てずに滑らせた。
そうしてこっそりと、僕は両親に見つからないようにしてベランダへと逃れていた。
外にいれば汗が次々にわいてきたが、クーラーのきいた室内よりよほど快適に思えた。
隣家に吊された風鈴が風にそよぎ、近くの田んぼではカエルの合唱コンクールが行われている。
夏の夜は明るくて、忍び込んだ僕をいつも優しく迎えてくれた。
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