創作
□夜明け前の独奏-yoshio-
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「ふじきよしお?」
帰りの会の後、トイレから戻る廊下の途中にて後ろからフルネームで呼ばれた。
聞きなれない声に心の中で首を傾げながら振り向くと、そこには一人の男子が立っていた。
艶の無い真っ黒な頭は僕と同じくらいの高さにあり、目と目がばっちり合う。
光の無い、暗闇のような瞳に、目を円くした僕の顔が映っていた。
「え、と?」
「これ、お前のだろ?」
髪も瞳も真っ黒なら、来ているTシャツも真っ黒だった。
中心に蛇のようにくねった白い線が描かれた奇妙なシャツを着たそいつは、僕に向かって青い物体を突きつけてきた。
「この帽子、お前のだろ?『ふじきよしお』って書いてあるし」
「見せて……うん、確かに僕のだね」
布製の学童帽子は前側にのみツバが着いており、裏表両方が使用できる作りだ。
普段裏にしている方は全学年白色で共通しているのだが、表としている方の色は学年毎に色が指定されている。
黄、赤、緑、青、橙、水色の6色あり、例えば黄色帽子の6年生が卒業すると、翌年の新1年生の帽子は黄色となるように、順繰りに使い回されていた。
そして今年の青は3年生の色で、『ふじきよしお』なんて名前の3年生は僕一人しかいない。
顎紐の少し伸びた具合何かも見覚えのある物で、これは間違いなく僕の帽子だと言える。
そう。
昼休み以降から行方の知れなくなっていた僕の帽子だ。
「どこにあったの?」
大体予想はつくけどさ。
そう心の中で呟けば、随分あっさりした声で答えが返って来た。
「教室のごみ箱」
やっぱり。思わずため息が出てしまう。
何だってこんな下らない事をするのだか。
まあ、僕の事が気に入らないクラスの男子がやったんだろうけど。
3年生になりマセ始めたというか、大抵の女子は僕に対して好意的であった。
向けられる視線にどんな色が込められているのかなんて、猿にでも分かるだろう。
恐らくそれが気に入らない奴の仕業だ。
「そう。探す手間が減ったよ。ありがとう」
「いや、それで、だな」
さっさと教室に戻ろうとする僕を引き止めるように言葉を紡ぐ男子を怪訝に見やる。
見れば真っ直ぐに合っていた視線は逸らされ、体側で垂れ下がっている両腕の先の掌は握っては開いてを繰り返している。
さっきは驚くほどあっさりと「ごみ箱」なんて言ったのに、今更同情心でも湧いたのか?
クラス内での予期せぬいじめに気まずい思いをするなら一人でしていて欲しい。
別に僕はこんな事で泣くような繊細な神経は持ち合わせていない。
勝手に人を可哀そうな子供扱いするなと告げてやりたい。
帽子が捨てられていたという事実より、目の前の男子の言動が僕を苛立たせる。
うるさい女子に捕まる前に帰りたい事もあり、名前も知らない男子に向かい口を開く。
「あのさ」
「ごめん。まだ乾き切らなくて」