創作
□御伽噺異伝 弐
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鬼が島を旅立った桃太郎が辿り着いたのは、人気の無い静かな浜辺であった。
桃から生まれて以来、桃太郎は鬼が島から離れた事が無かった。
漁に出る事は幾度もあったが、それらは全て沖合の方角である。此度のように人の領分まで訪れた事は一度も無い。
その事も含めて鬼達は心配したのだが、桃太郎はそれを明るく笑い飛ばした。
「俺は海鬼族最強の男だぞ。何を恐れる事がある。むしろ見た事の無い人間を見られるんだ。楽しみでしようがない」
そんな桃太郎が胸を弾ませて歩いていると、前方に人間が一人佇んでいた。
粗末な着物に身を包み、緩い癖毛を引っ詰めにして結っている。
背格好から男女の見分けはつかないが、まだ若いという事だけは窺える。
若者は痩せた腕に漆黒の玉手箱を抱え、夕陽の浮かぶ水面を茫然と眺めていた。
生まれて初めて見る人間に、桃太郎の好奇心は大いに刺激された。
生気が無い様子にも怯まず、桃太郎は軽い調子で声をかける。
すると若者は青い顔をゆらりと向けて、こう聞いた。
「あんたはおらを知っているか?」
「知らない。初対面だ」
はっきりきっぱり桃太郎が返すと、若者は青い顔を更に青ざめ、がくりと膝を折る。
驚く桃太郎の前で、若者は訥々と喋り始めた。
なんでも夢のような場所から帰って来ると、故郷は故郷ではなくなっていたという。
途方も無い時間だけが過ぎてしまっていたという。
若者に残されたのは、粗末な着物と上等な玉手箱が一つだけ。
家も家族も何もかもを失い、若者は絶望しきった顔で海を眺める。
そしてふらふらと玉手箱の紐に手をかけた。