版権2
□語らない音を奏でて
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お守りを持たずに 少年はいった
語らない音を奏でて
何年振りだろうと、青年は思った。
キムラスカ・ランバルディア王国が首都バチカル。その最上層に位置する屋敷には、本館から切り離された小さな部屋がある。
そこでは昔、紅い髪の子供が一人飼われていた。
そういえば、ここは鳥篭みたいな形をしているなと、青年は苦く笑う。
主のいない小さな部屋の扉を押し開けてみれば、中は何も変わっていなかった。
一人用の上質な寝台。
二本の蝋管を備える蓄音機。
よく知る人物が描かれている大きな肖像画。
外界を切り取った四角い窓。
何一つ、変わらない。
「まあ・・・さすがにゴミとかは散らばっていないな」
毎日欠かさず掃除されているのだろう。指示されずとも丁寧に、いつでも使えるように。
この部屋の主の趣向を損なう事無く、あの時のまま、そのままに。
何がどこに配置されているのかなど、十分知っている。紙とペンを渡されれば見取り図すら描けるだろう。
きっと、今でも、他の誰よりもよく知っている。青年は控え目にそう自負する。
「でも、まさかこの絵までまだ飾ってあったとはなあ」
あいつらしい。目元を歪ませ、口角を少し持ち上げた。
少し前まで少年が師と仰ぎ、全幅の信頼を寄せていた人物の肖像画を眺める。
絵の中の人物は腰に携えられた剣に片手を添え、凛々しい表情でこちらを見ている。
迷いの無い瞳が、今はただ痛い。
「・・・確か髭と眉・・・だったか?」
旅の途中、幼い少女がそれをネタに王女をからかっていた事を思い出す。自分の幼馴染みでもあるその王女は「恐ろしい力を秘めているのですね・・・」と真に受けていた。
それに対して苦笑していたのは自分。溜息を吐いていたのはネタの妹。涼しい顔で眺めていたのはイヤミな軍人。呆れ、でも半分信じたのは、あの少年。
「なんだかんだ言っても、やっぱり子供だよ・・・」
椅子が手近に無く、すぐ傍の壁に背を預ける。中央の寝台に腰を下ろせないのは、長年にわたりすっかり染み付いてしまった使用人気質によるものか。
腕を組み、前を向けば世界が映る。格子で遮られ、範囲を限定された小さな世界。
ここの子供は数年前まで大きな空を知らなかった。
この四角く切り取られた空間からしか世界を覗けなかった。
己の状況が歪である事にすら気が付けなかった、哀しい少年であった。
「今思うと・・・よく見つからなかったよな」
あの窓から出入りしていた事を思い出す。身のこなしに自信があったから出来た事だ。
同時に、この程度の警備ならどうとでもなると喜んでいた過去の己も思い出した。
屋敷の人間の信頼も得た。手段・方法も十分過ぎるほど練った。逃走ルートも確保していた。
この手にあの剣を握りしめ、あの男を地の底へ叩き落とす日を夢見ていた。