創作
□御伽噺異伝 肆
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「うひゃああああ」
悲鳴を上げながら駆け下りて来たのは、一人の小僧だった。
乱立する木々にぶつかりながら、無我夢中で駆けて来る。
何事かと驚く二人の存在に小僧が気付いた。
「助けてくれえ」
泣きの入った声で、小僧は二人に飛び付いた。
見れば、瞳孔は極限に開き、額どころか顔中にびっしりと汗をかいている。
わななく唇からは荒い呼吸が繰返され、肩が激しく上下していた。
いったい何があったと問えば、叫ぶように小僧は答えた。
「山姥じゃ、山姥が出たんじゃ」
その言葉に、浦島太郎は顔を青ざめさせ、桃太郎はきょとりとした。
「とにかく逃げんと」と急かされ、桃太郎達も走り出した。
「や、優しいババさまじゃと思うとったら…」
小僧によると、山で栗拾いに夢中になっている内に日が暮れて、通りかかった老婆に誘われ山小屋に向かったそうな。
その時、ふとした事で老婆の正体に気付き、慌てて逃げてきたという。
「お、和尚さまにもろうた札があったから…」
逃げる際、予め和尚から受取っていたお札を使い、騙しおおせて来たそうだが、どうやら気付かれてしまったらしい。
迫る山姥の声を背に聞きながら、小僧は必死になって山中を駆け下りた。
「和尚が山姥に気をつけろと言ったのに、なぜ早く山を下りなかった?」
桃太郎は純粋な疑問のつもりで訊いたのだが、小僧は詰問されていると捉えたようだ。
苦しげな呻きを漏らす姿に、浦島太郎がとりなすように声をかけた。
「責めているんじゃないよ。だから今は逃げる事だけ考えて。桃も」
「ああ。ならば…」
力強く頷き、桃太郎は腰に吊した袋から黍団子を一つ取り出した。
そしてそのまま小僧の口元へとあてがう。
「食え。力が出る」
「ぐっむぐげほっ」
「桃、走りながらじゃ食べにくいよ」
「そうか。悪かった」
緊迫感が少々足りない二人に挟まれて、小僧は頭を抱えたくなった。