創作

□暁の二重奏
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 なんだか暖かい。

 そう感じて目を開けると、頬に何かが垂れた。

「!あっ」

 顔を上げると、さっき挨拶した子がそこにいる。
 その子はボロボロ泣きながら鼻水をすすっていた。

「起きたー!よかったよ〜!!」

 そう叫んでわんわん泣く姿に、俺は無性にティッシュを差し出したくなった。



 その後、しずやと名乗った子の泣き声を聞き付けて、お父さん達が姿を現した。



「この子は身体が弱くて…」

 お母さんはそう言って俺の背中を撫でた。

 庭で俺としずやを確保した大人達は場所を家の中へと移した。

 通常、御祓いの依頼に来た人達はお堂の方に通されるのだが…

「そうなの?だいじょうぶ?痛いの?」

 御祓いをしてもらう本人が、ギュッと俺の手を握って離さないのだ。
 とりあえず俺を休ませることにしたため、しずや達は家の方に案内された。

「だいじょうぶ…」

 小さく頷くとしずやはじっと俺の目を見つめる。

「…ほんと?」
「うん…」

 見つめ合う俺達を、大人は黙って眺めている。

 10秒近く見つめ合うと、満足したのか、しずやは元気に言った。

「よかった!」

 ギュッと強く握られる手。
 向けられる明るい笑顔。

「…」
「!あっ笑った!キョータが笑った!」

 目を見張るお父さん達と違い、しずやは喜びを前面に押し出して飛び付いてくる。

「よかったよー!ビックリしたよ〜!」
「あ、えと、ごめんなさい…」

 同じ年くらいの子に抱き付かれるのは初めてで、俺は戸惑いのまま謝っていた。

「ほんとにへーき?ボクさっきキョータ死んじゃってるのかと思った!」

 その言葉にお父さん達が息をのむ。

 電気みたいに走る緊張感に気付かぬまま、しずやは無邪気に続けた。

「ボクとっくの昔に死んじゃったヒトならたくさん見たけど、目の前で死んじゃうヒトは見たことないよ」

 俺にとって禁句中の禁句、『 』を連呼するしずやに事情を知る大人は慌てる。

 が、

「うん…俺も見たことない」
「だよねだよね」

 俺が倒れる気配は一切なかった。

 いつもなら『 』に関する言葉が耳から入ってきた時点で、俺の身体は活動を停止する方向へ傾いている。

 しかし、しずやの口から飛び出る『 』は俺の中へと浸透してくることはなかった。

 どころか、

「うん…『死』んじゃうとこなんて、見たくないし…」
「うんうん!だよね」

 『死』を口にしても平気だった。

 驚きのあまり声を失う大人。
 何も知らずに抱き締めてくるしずや。


「キョータは、生きてるもんね!」


 しずやの鼓動が俺に移り、その強さが、暖さが、俺を包み込んで『死』の侵蝕から無自覚に守ってくれた。


「うん…俺、生きてるよ」


 当たり前で簡潔な事実。

 この事を真に理解できたのは、この瞬間が初めてだった。



―――この出会いは、俺にとって、俺達にとって、確かに奇跡であった。



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