創作

□御伽噺異伝 伍
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 そこには女が一人立っていた。

 黒く長い髪を寒風に乱れさせ、雪より白い着物を身に纏う。血の気がない青白い唇を吊り上げて、歪に笑う女がそこにいた。

「な…」

 怜悧な瞳に射抜かれて息子は言葉を失う。
 漆黒の髪から覗く真白な顔が、あまりにも美しかったのだ。
 この世の者とは思えぬ美貌に、息子は状況も忘れてただ魅入ってしまう。

 そんな相手の様子を嘲るように女の唇は弧を描いた。
 微動だにしない息子に対し、女は小屋の中へと足音を立てずに入り込む。
 そのまま眠る父親の背後へ立つと、細く白い指を口元にあて息を吹付け――


「たのもう」
「『ごめんください』だよ、桃」


 ようとした正にその時。
 二人の人物が小屋の前に現われた。

 呆気にとられる女と息子に構わず、「桃」と呼ばれた青年はズカズカと小屋に上がり込んだ。

 上等な反物で作られた着物で身を包み、髪は後頭部で一つに結んでいる。
 刀こそ無いものの、青年は侍と呼ばれるに値する出で立ちである。
 加えてあまりに堂々とした態度に、息子はおろか、女も動揺を隠せないでいた。

 男の正体を計りかねていると、その背後から再び「桃」と呼ぶ声が聞こえた。

「とりあえず戸を閉めるから、少しずれてもらっていい?」
「ああ」

 すっと男が横にずれれば、もう一つの人影が現われた。

「よいしょ…と」

 掛け声と共に薄い戸を閉めて、その人物は振り返った。

「あ、すみません…おら達もここで休ませてもらって良いですか?」

 そう言って頭を下げた人物は、粗末な着物を身に着けて、緩い癖毛を引っ詰めにして同じく一つに結っている。
 素朴な顔立ちに愛想の良い笑みを乗せる様は、一介の庶民そのものだ。

 美丈夫の侍と、垢抜けない平民。
 第一印象を述べるならそれが妥当だろう。
 接点が想像出来ない二人は、しかし仲良く着物に付いた雪を払って笑った。

「桃がここを見つけてくれて助かったよ。ほんとに目がいいね」
「俺は夜目もきくからな。昼間なら一町先の魚の鱗も数えられるぞ」
「本当に目がいいね」

 仲間が上げた感嘆の声を褒め言葉と捉え、青年は嬉しそうに笑った。
 その様相は、外見よりも幼い印象を見る者に与える。


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