創作

□あおぞら六重奏〜辛い○○も吹っ飛ばせ!〜
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 澄んだ青空に浮かぶ白い雲は時と共にその姿を移ろわせ、木々の緑を撫でる風は爽やかな香りで周囲を包む。
 正に天気は五月晴れ。清々しい空気に満ちた昼下がりに、生徒は銘々食後のひと時を満喫していた。
 ある者は友人と歓談し、またある者は膨れた腹と穏やかな気温に眠気を誘われ昼寝に興じる。


 そんな平和な昼休みと相反するのは校舎裏。絶望感を孕んだ重苦しい雰囲気に満ちたそこには、屍が二つ転がっていた。

「そんな…そんなことって…」
「…終わった…」

 虚ろな瞳からは光が消え失せ、生気に欠いた声音が零れる。

 地に伏せ嘆く二人の男女に、救いの腕が伸ばされた。

「まだ終わりじゃないよ、二人とも」
「祥生…」
「ヨッシー…」

 優しい声が紡ぐ言葉に、勝太と静弥は視線を向ける。その先には、太陽を背負って微笑む祥生の姿があった。

「まだこれからだよ…辛く苦しい『1学期中間考査』という名の地獄は」
「いーーやーーー!!」

 菩薩に見せかけた鬼は、キツネのような笑みで止めをさした。



「…っていうか、二人ともホントに本気で忘れてたの?」

 見事に討ち果たされた勝太と静弥の背中に、恵子は半信半疑で声をかけた。
 『半信半疑』というのも、現在校内は学年・学級問わず、試験前独特の空気に包まれているからだ。

 部活動が休みになるなど、全校挙げて一週間後に控える中間考査への対策が為されているのに、全く気付いていないというのは俄かに信じ難い話だ。

 いくら抜けている二人であっても「まさか」と訝しんでしまう。が、実際はそのまさかであったらしい。アーモンド型の瞳を瞑り、額に手を当てれば溜息が零れた。

 三週間後に開催される体育祭にすっかり気を取られ、その前に実施される試験の存在は、頭の中から遠く宇宙の彼方へと放り投げていたようだ。
 いくら悔いても現実は変わらず、勉学が不得意な勝太と静弥はただただ嘆く。

「嵐よ、来い!」
「天気は来週ずっとはれだってさ」
「クマよ、来い!」
「近くに山ないし、来ても試験は実施されるよ」
「フリーザ様、来い!」
「来たら人類の危機…というか、なんで様付け?」

 ずれた方向に足掻く姿は見苦しいが、「試験よ、なくなれ!」という熱い思いは無駄に伝わってくる。
 そんな二人に対し、勉学が得意な祥生は瞳を細めて静観の構えだ。

「まあ、これもいい経験だよね」
「他人事と思って祥生―!」
「実際他人事だからね」
「この祥生―!」

 勝太の叫びもどこ吹く風と、祥生は全く意に介する様子がない。

 そんな男子二人の姿に呆れる恵子の隣で、穏やかに微笑む朋絵が言った。

「ふふ。勝太ちゃん、静弥ちゃん。私も大丈夫だと思うよ」
「!?」

 今度こそは天からの救いかと、呼ばれた二人は勢いよく顔を上げた。上げた先では、艶やかな黒髪の少女が楚々とした頬笑みを浮かべていた。

 見る者を安心させるようなその笑顔に、凍えた心が急速に癒されていく。
 勝太と静弥は地に突いていた手に力を込め、上体を起こして朋絵を見つめる。希望を込めた二対の眼差しを受け止め、女神のような朋絵は言葉を紡ぐ。

「大丈夫だよ、あとまだ一週間もあるから…その気になれば、人は何だって出来るよ」
「『その気』が『死ぬ気』に聞こえるのは俺の気のせいでありましょうか静弥隊長!?」
「ボクにもそう聞こえましたであります勝太隊長!!」
「ふふ」

 女神は女神でも、彼女は武を司る女神であった。人間の限界を良くも悪くも知っている朋絵は、あくまでも穏やかに微笑んだ。

「勝太ちゃん、静弥ちゃん。私も協力するから、試験頑張ろうね」

 文武両道を体現する朋絵の言葉は、文字面だけ追えば大変心強いものなのだが、全身から迸るやる気は周囲を圧倒する。

「試験頑張ろう、ね?」
「いイエス・サー!」
「了解であります!」

 学園のマドンナに向かい、勝太と静弥は直立不動の姿勢を取る。最敬礼まで行う二人とそれを平然と受け止める朋絵を見比べ、恵子は深い溜息をついた。

「お疲れだね、恵子」
「あんたは楽しそうね、祥生…」

 飄々とした笑顔を保つ友人を半眼で睨み、恵子は声を低くして呟いた。

「っていうか、あんた知っていてあの二人を放置していたでしょ…」


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