創作
□御伽噺異伝 陸之後
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視界を占める青を見つめ続けていると、段々と夢の細部が甦ってくる。
あの時見えた物、感じた存在、それは…
「っ、…え?」
再び思考を夢へと向けていると、突如視界が闇に覆われた。
闇といっても完全な暗闇ではなく、細長い隙間から日の光が差し込まれている。
「桃?」
気付けば背後に回っていた桃太郎が、真後ろから浦島太郎の視界を遮っているようだ。
目を覆う掌を外そうとすれば、いっそうその手に力が込められる。
眼球に圧迫感を感じ素直にその旨を伝えれば、漸く手が退けられた。
しかし手は完全には去らず、そのまま下に降りて浦島太郎の腹に回された。
「桃?」
「…」
桃太郎は無言で浦島太郎に抱き付く。その所作は、迷子になった幼子がもう母とはぐれまいとしがみつくのと似ている。
そう気付き、浦島太郎は気取られぬようこっそり笑った。
「おらは一人でどこかへ行ったりしないよ。どこかへ行く時は、桃と一緒だよ」
安心させようとする浦島太郎の言葉へ、桃太郎は応えるように抱き付く手に力を込めた。
弟がいたらこんな感じかな?そう思ってしまった事は、内緒にすべきか。そう密かに胸の内で呟いた。
青い空を眺める。
視界には夢の残照。背中には現の存在。
自分が今いる所を確かめながら、浦島太郎は瞳を瞑る。
夢の中、感じた存在は誰だったのかを思い出す。大切な、美しき竜宮の女神(夢の中では亀の姿に身をやつしていたが)。
夢の中、見つけた物は何だったのかを思い出す。浜辺に一つ、漆黒の玉手箱。
主なきその玉手箱は蓋が開かれ、虚ろな空洞がぽっかりとその内を晒していた。
―――ああ。あれは、おらだ。
誓いを破った翁。人としての生を止めざるをえなかった鶴。
開かれた玉手箱。鶴に変じた自分。
―――ああ。そうか、そうだったのか。
「…浦島」
「…あ…うん?何?桃」
名を呼ばれ、捕らえられていた記憶の底から浮上する。
約束通りに応えれば、背後の気配が安堵で緩むのを感じた。
「…腹減った」
「そういえば、もうそんな時間だね」
そのまま昼食を話題に会話を続ければ、浦島太郎の頭から夢はすっかり追い出されてしまった。
掬い上げた夢の欠片は再び掌から零れ落ち、辿り着いた結論と共に、記憶の底へきれいさっぱり溶けて消えた。
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