創作

□御伽噺異伝 漆之後
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 騒ぎを耳にして隣家に住む別の翁が訪ねて来たのだ。

 事情を聞くなりその翁は、自分も恩恵に賜ろうと山へ飛んで行った。
 もうじき日が暮れるから危険だという制止の声は、宝に目が眩んだ翁の耳には届かない。

「やれやれ。欲の強い人間だ」
「夜になれば、山道はずっと危なくなるよ。おら追いかけて止めて来る」
「自分から飛び出して行ったんだぞ。そんな危険も自分の責任だ」
「それはそうだけど。ネズミ達も、こんな時分に訪ねられるのは迷惑かもしれないし…やっぱり止めた方がいいよ」
「ふむ」

 この時、力ずくでも翁を止めるべきだったと、浦島太郎は後に悔やむ事になる。


 結果として翁を止める事は叶わず、桃太郎と浦島太郎は再びネズミの穴に転がり落ちた。


 翁が執念で桃太郎から黍団子を奪い、それを取り返そうと桃太郎が掴みかかった時に、穴が開かれた。

 二人が組み合った時に黍団子が一つ転がり落ちたのを、浦島太郎は見た。


「ほれ、ネズミども、出て来い。餅ならあるぞ」

 穴に入ってからも翁の暴挙は続き、遂には例の葛籠を持って来させてしまう。

「どちらかお選びくださ…」
「両方貰うに決まっとるじゃろ」
「いえ、お渡しできるのは一つだけですです。どちらかお選び…」
「ええい、うるさいネズミだ。用があるのは葛籠だけじゃ。お前らはさっさと去れ」

 ネズミの弱点を知る翁が猫の鳴き真似をすると、蜘蛛の子をつついたようにネズミ達はあっという間に方々へ散り、姿を消してしまった。

 その直後、急速に灯りが弱まり、穴には暗闇が広がり始める。

「まずい、出られなくなる。こっちだ浦島」

 空間の歪みを察知した桃太郎が腕を伸ばした時、辺りは完全に闇に包まれた。


「桃、桃」

 姿が見えなくなった友の名を、浦島太郎は何度も叫ぶ。

 しかし返事は全く聞こえない。

「桃、桃」

 腕を伸ばして桃太郎がいた周辺を探ってみても、指先を掠めるのは実体の無い空気のみ。

 辛うじて今足をつけている地面は知覚できても、周囲にあった筈の土壁すら探り当てられない。

 そうして浦島太郎は、己が一人取り残されてしまった事を知った。


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