創作
□御伽噺異伝 漆之後
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あの時翁を止めていたら、桃太郎の直ぐ側にいれば。
過ぎた別れ道を振り返っても意味が無い。
浦島太郎はそれを嫌というほど知っていた。
それでも、「もしも」と回顧し悔いてしまう。
自嘲の笑みで頬を歪めても、見咎める者は誰もいない。
浦島太郎は、たった一人でこの闇に取り残されてしまったのだから。
「桃、桃」
軋む心を押さえ、浦島太郎は友の名を何度も呼ぶ。
「桃、桃、桃」
何度も、何度も。
出会ってから今までに呼んだ回数すら超えるほど、何度も。
「桃、桃。どこに、桃」
『浦島の隣りに今いるのは俺だ。それは胸を張って言える』
交わした言葉が脳裏を過ぎり、覆い被さってくる恐怖から懸命に心を庇う。
『もしまた夢に惑う事があれば、俺の名を呼べ。夢でも現でも、お前の声に応える奴が俺だ。応えない奴は俺以外だ。それでいいだろ?』
「桃、桃。おらはここだよ。桃」
『頼もしいや、桃。なら、桃も夢で迷う事があったらおらの名前を呼んでな』
『おう!』
「桃、どこに、おらを呼んで、桃、桃」
けれど、返される応えはなく。
「桃、桃…」
喉が痛み、声が枯れ、口は陸に上がった魚のように只はくはくと動くのみ。
それでも、と。
音にできずともせめてもと、浦島太郎は心の中で桃太郎を呼び続ける。
ひび割れ、散り散りに砕けてしまいそうな精神を必死に繋ぎ止めるべく、胸に手をあて膝を曲げてうずくまる。
ろくに入らない力をかき集め、不安に跳ねる心臓を押さえて宥めすかす。
「桃、桃、桃、桃」
繰り言のように名を呼んでいると、足先にこれまで無かった感触を拾った。
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