創作

□小話集
3ページ/3ページ


 亜岡家に着くなり、六人は試験範囲の確認を行った。

 京太郎、朋絵、祥生、恵子の四人は当然把握済みである。
 つまりこの確認作業は、試験の存在すら忘れていた静弥と勝太のために行われたものだった。

「げー!こんなに範囲長いのかよ!?ないわー」
「なくないわよ。これが現実よ!まったく…」

 早々に白旗を揚げる勝太の頭を軽く叩き、恵子は大きく溜息を吐いて見せた。

 京太郎の部屋では狭いため、勉強会は亜岡家の客間にて行われる事になった。八畳の和室の中央には、長辺120cmある長方形の座卓が置かれ、部屋の入り口から時計回りに京太郎、祥生、恵子、勝太、朋絵、静弥の順に座っている。

 各々自分の教科書とノートを鞄から取り出し、ざっと範囲ページを繰り出した。

「まあ、最初の試験はこんなもんだよね」
「ヨッシー余裕発言!?さすがだね!」
「人を褒めてないで、自分の事を心配しなさい」

 目を輝かせる静弥に、溜息を吐く恵子。いつもの事ながら、今回もまた世話役(心配役)は恵子であるようだ。
 恵子の左隣りに座る勝太も祥生に賛辞を送るかと思いきや…見ればいきなり卓上に突っ伏している。

「って降参早いってのよ!バ勝太!起きろ!!」
「主に誰と誰のための試験対策会なのか自覚してなさそうだね」

 怒鳴る恵子の右隣では、祥生が目を細めてのんびりと話す。相変わらず真意を隠す笑顔を浮かべているが、声には恐ろしげな響きが込められていた。
 京太郎が自宅の客間と夕飯を差し出すという献身的な振舞いをしているのに、その態度は何だ。
 きっとそんな具合に苛立っているのだろう。祥生は京太郎至上主義だから。

「勝太ちゃん、起きて」

 朋絵が勝太の左側から優しく声を掛けるが、応答は無い。
 静弥は己の左に座る京太郎から範囲について注釈を受け、試験勉強に取り組み始めている。
 こうなると益々もって危険なのは、勝太のみと言えた。

「・・・か、勝太!いい加減起きなさい!なんでそんな直ぐに熟睡できんのよあんたは!」
「もういいんじゃない?恵子。僕らが放っておいても、きっと直ぐに起きるよ」
「いや、その起こし方がキケ・・・」
「勝太ちゃん」

 事態の展開を察知し焦る恵子だが、一足遅かった。菩薩の如き笑顔を湛えた朋絵がゆらりと立ち上がる。

「ここで起きないのは、勝太ちゃんのためにならないし。私も勝太ちゃんと一緒に試験勉強したいから、ね」
「ま、待って朋絵!ここは人様の家の中で、今日はまだ初日だから・・・!」

 慌てて朋絵を押し止めようとする恵子の努力も空しく、朋絵はにっこりとほほ笑んだ。

「起きて、勝太ちゃん」

 文武両道を地で行く朋絵は、学業の成績を優秀な結果で収めていると共に――『武』――つまり、格闘技等の体術に関しても並はずれた能力を有する。
 そんな彼女は努力する事に対して人一倍厳しい面を持っていた。



 その面を己の身でもって体感する事となった勝太の悲鳴が響くまで、あと5秒。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ