創作

□起之章 浦島ノ段
1ページ/1ページ




「……おらは、誰?」





 唄が聞こえ、ゆったりと目蓋を持ち上げた。

 視界はぼやけ、鼻は詰まっているのか呼吸がし難い。
 身じろいだ拍子に耳の中はぼわりと揺れ、濡れているのか、髪はぺたりと顔に貼り付いている。

「…え…」

 湿った唇を動かし、痛む喉から声を零す。

 すると唄が止み、とてて、と足音が近づいて来た。

「あ、気付いた、起きた」

 ころころと鈴を転がしたような声が降る。
 霞む目を擦ろうとすると、腕は重く、動かすのが酷く気怠い。

「…ここは…」
「ここは秘密、内緒なの。あなたがいた所とは少し別の、ちょっと違う所なの」

 唄うように言葉を紡ぐのは、おかっぱ頭に赤い着物を着た、一人の少女だった。

 少女はくすくす笑い、上から顔を覗き込んでくる。

「溺れかけていたけど、平気?大丈夫?このお手玉は幾つ?何個?」

 そう言って少女が片手で掲げて見せたお手玉も赤く、ゆらゆらと僅かに揺れる様は水平線に沈む夕陽を彷彿とさせた。

「一個…」
「正解、当たり」
「…ねえ…」
「なあに、どうしたの」

「……おらは、誰?」


 未だ晴れない頭の中では、己の名前すら見通せない。
 心底困った事態だという事だけが、燦然と輝くばかり。



 眉を八の字に歪めれば、赤い少女はきゃらきゃらと笑い声を立てた。



 …承之章 浦島ノ段ヱ続ク…
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ