創作

□御伽噺異伝 衝
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「浦島は、俺が怖いか」

 逢魔が刻に見た友の顔には暗い翳が浮かべられていた。




 あの時までは、いつも通りだった。

 おらの名前は浦島太郎。
 助けた亀に連れられ竜宮城を訪れて、そうして永い時を越えてしまったという、奇妙な体験を持つ者だ。
 地上へ戻ると父母はおろか、隣近所の誰も彼もがとうの昔に亡くなっており、村の家々の様子すら様変わりしてしまっていた。

 誰一人としておらを知らない。
 おらが知るものも何一つ残っていない。

 そんな現実に絶望し、自暴自棄に陥りかけた。そんな時に出会ったのが、桃こと、桃太郎だった。

 彼は桃から生まれて鬼に育てられたという、これまた奇妙な経験を積んでいた。
 尊大とも受け取れそうな程常に自信に満ちており、困難を困難とも思わず強引に道を切り開く。
 だからといって横暴な真似は一切行わず、むしろ自由奔放、天真爛漫といった言葉が似合う気持ちの良い青年だ。

 そんな桃太郎に拾われて、おらは彼と共に崑崙山を探す旅をしている。

 今日も今日とて山中を歩いていると、一人の人間の男を見つけた。
 どうやら足に怪我をしているようだ。それなら麓の村まで送り届けてやろう。
 そんな会話を交わし、桃が彼を背負い、おらは彼の荷物を抱えて山を下りて行った。

 そこまでは、いつも通りだったのに。

 桃の逞しい腕は人間の男一人背負ったくらいでは悲鳴を上げず、悠々と斜面を下り、半里程離れた場所にあった村へと辿り着いた。
 そこで男の家族や他の村人達から歓待を受けた、その時であった。

「桃太郎さんは本当に力持ちだね」

 村人の誰かがそう言った。
 力自慢の猛者を称える、本当にそれだけのつもりで出た言葉だったのだろう。

 けれど、桃の応えが場の空気を凍りつかせた。

「ああ。俺の腕っ節は海鬼族随一だ」

 誉められ、桃は純粋に嬉しかったのだろう。

 子供のような人だから、自身の言葉が相手に与える影響というものが分からなかったのだ。
 鬼という存在が、人にとってはどのような印象を持っているのかなど分からずに。

 どう繕おうかと迷っている内に、別の村人が恐る恐る口を開いてしまった。

「…桃太郎さんは、その…」

 鬼なのかい?


 それに笑顔で大きく頷いた桃。


 ああ、桃、駄目だ。
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