創作

□叙之章 浦島ノ段
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 赤と朱を縫い合わせると、女の子が微笑んだ。

「嬉しいわ。ありがとう」

 喜びを伝える口の前で小さな掌を合わせる。年のわりには随分と落ち着いた所作だ。

「どうかな?きちんと縫えていると思うけど」

 確かめてもらうために渡したお手玉を、女の子は陽にかざして改める。

「ええ、大丈夫。もうどこもほつれていないわ」

 目を細め、再び「ありがとう」と告げられた。

「ううん。直せて良かった」
「いや、本当に上手いな」

 安堵の息を吐き出せば、背後から感嘆の声が上がる。振り返ると美丈夫が目を真ん丸にしていた。

「器用だな、お前は」
「それほどでもないよ。桃は縫い物が得意ではないの?」
「針を三十本折って以来、縫い物とは無縁だ。針箱に近づくことすら許されなくなってな」
「そ、そうなんだ…」

 彼らしい豪快な話だ。適当に相槌を打つ以外に返せる言葉がなく、つい目を泳がせる。
 すると宙を舞う赤い物が目についた。

「わ、上手だね」

 いつの間にか取り出した片割れと共に、女の子が手遊びを始めていた。
 右手から左手へ投げたと思えば、瞬きする間に空中へ放られる。そうして山なりの線を描いた後、お手玉は再び右手に帰る。

 ほい、ほいと二つの赤が踊っていた。

「凄いな。どうやっているんだ、それは」

 また飛び出した感嘆の声に、おや、と首を傾げる。

「もしかして、桃。見た事ないのかい?」
「ああ」

 力強く頷いた彼の顔は好奇心できらきらと輝いていた。

「やってみる?遊んでみる?」

 ふわりと笑んだ女の子が、両手に落ちたお手玉を桃へ差し出す。

「ああ」

 揚々と桃は大きな手で掴み取り、二ついっぺんに勢いよく真上へ放った。

「あ、違うよ、桃。高く投げるのは一つだけで…」
「違ったか?」

 落ちる前に、ぱし、と横から掬うように浚う。 本来の遊び方より余程器用な芸当をして見せた桃は、不思議そうにお手玉を眺める。

「桃、貸して。こう…両手に一つずつ持って。右手の物は左手に放る。それと同時に左手の物は右手に放る。放る時は少し高めに…これを繰り返すと、ほら…一つ、二つ…」
「おお。凄い、凄い。やはりお前は器用だな」
「本当に、上手だわ」
「それほどでもないよ…」

 二人から誉められて気恥ずかしくなり、十を数えるところで手元が狂った。

「あ」
「あらあら」
「あ、ごめ…」

 加減を誤り、左手から赤が高く舞う。

 慌てて手を伸ばすが、おらより先に桃が掴み取った。

「ありがとう、桃」
「いや。惜しかったな。よくやっていたのか?」
「小さな頃にね。おっ母にこっそり教えてもらったんだ」
「堂々としなかったのか?」
「うん…おらが女の子の遊びをするのは、おっ父が嫌がったから…」

 おっ父は、漁に出られる強い息子が欲しかった。おらが「男だろう」と叱られる度に、おっ母はすまなそうな、口惜しそうな顔をした。

 じくりと痛むやり取りも、今はもう過去のもの。歩み寄れなかった後悔に気を取られていると、神妙そうに桃が尋ねる。

「…これは女の遊びなのか」
「あ、うん、そうだね。男の子は、あまりやらないかな」
「そうか…よし。益々覚える気になった」
「え、女の子の遊びをかい?」
「ああ。並みの男ができない遊びを、俺は習得してみせる」
「できないと言うか、やらないと言うか…」
「ふふ。素敵ね。そういう考えは好きだわ」

 女の子は鈴を転がしたような声で可笑しそうに笑った。


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