創作
□叙之章 桃ノ段
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「…浦島、 」
いざ、勝負。
猛々しく青年が吠えると、対峙する長鼻は不遜な笑みを浮かべた。
「今度こそ徹底的に叩き潰してくれるわ」
言うや否や、手にした団扇を大きく振るう。そして発生した大風は青年を容易く呑み込んだ。
「なんの」
しかし青年も負けてはいない。地面がめり込みそうなほど足に力を入れ、大木の如く踏ん張り耐える。
「このくらいの風、どうということはない。此度の勝負も俺の勝ちだな」
焦りを微塵も感じさせない声音で、堂々と胸を張る。
この挑発に長鼻は不愉快そうに唇を歪めるが、すぐに不敵な笑みへと形を変えた。
「ふん。なかなか耐えてはいるようだが…それならこれはどうだ」
手首を軽く捻って八手の団扇を長鼻が揺らすと、青年に直撃していた風が止んだ。
いや、正しくは、青年を中心にするように風が僅かに移動した。
「なんだ…」
次はどんな技がくるかと期待していれば肩すかしをくったと、青年は嘆息する。
だが、長鼻の狙いは別にあった。
その事に青年が気付いたのは、背後から小さな悲鳴が聞こえた後だった。
「な」
あんぐりと口を開ける青年の頭上に、玉手箱を抱く若者が浮いている。
「も、も」
助けて。
瞬く間に空高く吹き上げられた若者の声に、青年は迷いなく風へ身を躍らせた。