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□救いの夢、心を穿つ
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 夢じゃない。

 夢じゃなくて、これは現実。そう判断したって、おかしくないのに。


 救いの夢、心を穿つ


 障壁に守られたユリアシティから臨む景色は、相変わらず紫一色。瘴気中で発生した静電気がぼんやりと照らす魔界の空は、「重苦しい」の一言だ。
 何度見ても、好きにはなれない。

 テオドーロ市長との会談を終えた後、俺は建物の外、人気の少ない埠頭へやって来た。
 ま、埠頭と言っても、正確には港じゃないんだけど。
 液状化した大地に人が住まう場所はユリアシティのみだから、船が行き来する場を備える必要など無い。

 ユリアシティの建物の外の、敷地内の端っこ・・・とでも言えばいいのか?ここは。
 とりあえず、人のいない場所を探してふらふら歩いていたら、ここに辿り着いた。
 障壁の外は死の世界でもあるから、安全域の端に来る物好きなんて滅多にいない。
 誰もいない事を改めて確認してから、無機質な金属の土地に腰を下ろした。

「これは・・・夢、じゃ・・・」

 吐息に乗せた呟きは小さく、遠くから聞こえる喧騒にすら負けてしまう。

 建物を挟んだ反対側にはタルタロスが停泊しており、崩落から生き延びた人達の仮の拠点になっていた。
 心身に傷を負いながらも、それでも生きようと懸命に奔走する人々の声が、監視者の街に木霊する。

「寝て、起きて、飯食って・・・顔も洗って、用たして・・・」

 夢、と思われるこの時に、己がとった行動を振り返る。いつもと変わらない生活習慣を無意識に行っているから呆れてしまう。
 死ぬ直前に見ている夢の中だと思うのに、あまりにものん気というか、緊張感が欠けている。
 いや、幾度か交戦はしたし崩落も起きてしまったから、ずっと気が緩みっぱなしという訳でもないけど。

「うん・・・だから、こそ・・・」

 だからこそ、おかしいのだ。
 戦闘中や崩落中に負傷した際、それぞれの怪我に見合うだけの痛みを確かに感じた。
 これが夢であるのならば、痛みなど感じない方が普通だろうに。

 だからこそ、勘違いしてしまう。期待してしまうんだ。

 これは夢じゃなく、現実なのだと。

「都合良すぎるよな、さすがに・・・」

 証拠というか、この妙な時間の中で起こした行動の内、大半の記憶に靄がかかり始めている。

 寝た筈だが、それは本当にこの時の中で?食事をしたけど、メニューを全て列挙できるか?顔を洗ったのは、本当にこの時だった?便所に入った回数なんて、把握しているか?

 寝て食って用たして。そういう行動を夢で見る事も、あるにはある。

 デオ峠以降に積んできたと思われる記憶だが、実は過去の記憶を再生しているだけなのでは?
 既視感のように、過去の経験を継ぎ接ぎして作られた偽りの記憶なのでは?

 リグレットやアッシュに向けて「俺は俺だ」と叫んだり、アクゼリュスで住民の介抱に携わったけど、それらは俺の願望が見せた幻で、現実とは程遠い夢なのかもしれない。
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