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□月が優しく笑う夜
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まんまるな月が空のてっぺんに浮かぶ頃。ばくやのみんなは夢の中。
すいよ、すいよと寝息を立てて、眠りの世界で夜を越す。
じゃんけん、ぽい
それでもたった一人だけ。瞳をぱちりと開いたままの、男の子が一人起きていた。
グーと、グー
緑の髪はふわふわで、首にリボンを巻いている。
寝床代わりのソファに座り、せいたかのっぽの窓から入る、月の光を浴びていた。
あいこで、ほい
ひっそりとしたこの時間、起きているのは一人だけ。『多門』という名の男の子。
ばくと混ざったあの日から、夢の世界へ旅立てない。
だからこうして一人だけ、密かな時間を過ごしている。寝ているみんなを起こさぬようにと、心の中で掛け声続けた。
チョキと、チョキ
今日教えてもらった手遊びは、相手が居ないと始まらない。
一人だけでは出来ない遊びを、それでも多門は続けていた。
じゃんけん、ぽい
月の明かりに照らされて、白い壁に伸びる影。多門が腕をすいっと上げれば、同じ呼吸で動くそれ。
勝敗がつかないと知りつつも、壁に向かって手を振るう。
あいこばかりのじゃんけんで、長閑な夜を気ままに過ごす。
パーと、パー
へんなの、なんて。誰かに見られたら、言われるかな。
胸の内で呟くも、それでも多門は遊びを止めない。
だって影は真っ黒で、自分と同じ姿をしていて、自分といつも一緒に居る、ほら、まるで―――
あいこで、ほい
―――なんて。自分の影を、大切な存在に重ねて見てしまう。それは誰にも言っていない、多門だけの秘密の心。
自分を守ってくれた存在が、もう会えなくても傍に居る。それはなんて素敵なことと、多門はこっそり微笑んだ。
グーと、グー
飽きないけれど、さすがに疲れてきたようだ。
ソファにもたれ、身体が傾ぐ。毛布は肩まで引き上げられて、頭は肘掛けに着地する。
ただ、多門に眠りは必要ないから、瞳はぱっちり開いたままで。
じゃんけん、ぽい
横になったまま、腕を振る。身体を起こしていた時と、違う角度で影は揺れる。
チョキと、チョキ
また一緒。多門は、おそろいだね、と頬を緩めた。
もう会えない。やっぱりそれは、寂しいけれど。それでもずっと一緒だと、知っているから大丈夫。
瞬き一つ。だらけた格好でまた腕を上げる。
あいこで、ほい
パーと、チョキ
「え」
どきり、と身体が震えたら、影はあっさりパーを示した。
大きな瞳で壁を射る。忙しく跳ねる心臓を、あやすように息を吐く。
そうしてゆっくり酸素を吸えば、腕の角度がタネだと分かった。
窓から差す月の光に対して、斜めに上げられた腕。それと、力無く曲げられた指。
それらがちょうど良く合わさって、手の種類が違って見えた。それだけ、だ。
それだけ、だけど。
「・・・負けちゃった」
おかしくて。
多門は声を抑えるのが大変だった。
楽しくて、嬉しくて。はしゃぎだしたい気持ちを懸命に抑え込んだ。
「多門ちゃん。今日はなんだかご機嫌ね」
店員さんが、出会った時より目元が数段柔らかくなった多門へ声を掛けた。
そう言えば、と。周りに居た他の店員さん達も多門へ注目する。
仕事の手を少し休めて、何か良い事あった?と笑顔で尋ねる。
「ありましたけど・・・ナイショです」
ふんわり笑い、多門はいたずらっぽく唇へ指を立てた。
その珍しい仕草に、店員さん達の興味はがぜん強くなる。
けれど多門が口を割る事はなかった。
ナイショだよ。これはボクと、キミだけの。
みんながとっぷり寝入った頃に、起きていたのは一人だけ?
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