短編@
□繋いだ手が温かい
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「手、握ってもらっていいですか」
そう言った郁は俯いていて、表情が見えなかった。
一体この言葉を言うのにどれだけの勇気が要ったのか。
迷わずに手を重ねる。
躊躇なんて全くしなかった。
部下が大変な想いをしてるのに放っておけるか。
…というのはもう言い訳だと分かっている。
けれど、俺はその言い訳が無いと何も出来ない。
便利な言い訳だ。
だが、いつまでも頼ってられないはずだ。
そこまで考えると、自然に手に力が入った。
小さな温もりが伝わってくる。
本当に、小さな温もりだ。
いつも元気に暴れまわって何かしら問題を引き起こす郁とは思えないほど。
余程精神的にきているのだろう。
そこまでは安易に想像出来た。
「むしろ柴崎のほうが敵認定したら容赦ないんじゃないか。洗濯物みたいな稚拙な件よりよほど隙なく追い詰めて狩るだろうな。小牧なんかも……」
ただ、笑って欲しかった。
それが虚勢でもよかった。
そう思って冗談口で言い出したが、予想もしない言葉に何も言えなくなる。
「やめてくださいッ!」
ぎょっとして郁の方を見る。
まだ郁は俯いたままだった。
「……今、ここに柴崎いないんだから、柴崎の話、しないでください。あたしと柴崎比べないでください。あたしは柴崎と友達で、柴崎のことが好きなんです。だから今、堂上教官に柴崎の話されたくないんです」
さっぱり意味が分からなかった。だから、即答した。
「分かった、しない」
そう言って郁の手を安心させるように叩く。
分からなければ、その原因を、柴崎と比べることをしなければいい。
「比べたつもりじゃなかった。悪い」
謝らないでください、とかすれるような声が聞こえた。
「あたしが悪いんです。あたし今、何かすごく、めちゃくちゃでひどくて」
一言一言、区切るように呟く。
「俺が悪くないんならお前も悪くない」
そう言って俺はまた郁の手に視線を戻す。
小さな温もりは、今も変わらず俺に伝わってくる。
[繋いだ手が温かい]
((…どのタイミングで手を離せばいいんだ?))((教官、いつまで手を握ってるんだろう…))