短編B

□愛が足りない
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「柴崎ー!ちょっと聞いてよ!!」



昼休み、外に出ようとすると彼女が走ってきた。
また煩いのがきたな、と思いつつ返事をする。



「どうしたの?まーた堂上教官となんかあったの?」

「そう!なんでわかったの!?」



そりゃ堂上教官と何かある度に毎回私のもとに来るんだもの、わからない方がおかしいわ。

心の中でつっこみつつ曖昧に笑う。
とりあえず昼食を取る為に近くの喫茶店に入った。



「で、今回は何?」

「それがね!最近篤さんなかなか私に…その…キスしてくれないの!」



あー、そっち系か。
今日の晩は手塚でも誘ってお酒飲みに行こう。
じゃないとやってらんないわ。



「ふーん?」

「でね、“好き”とか“愛してる”とか言ってくれることも少なくなったし…」



聞いてる方が恥ずかしくなってくる。
けれど、言葉を発する度に落ち込んでいく郁を見て、ほっとけなかった。
その頭を撫でようと手を伸ばすが、髪に触れる一歩手前で止めた。

この子が望んでいるのは、私じゃない。
今、頭を撫でてほしいのは…

伸ばした手を鞄の中に入れ、笠原にばれないように携帯を出す。
話を聞きつつ机の下でメール作成画面を開く。



「篤さん、私のこと好きじゃなくなったのかな…」

「そんな訳ないでしょ」

「でも…」



送信完了。
その4文字を見てから携帯を閉じる。



「あのねえ笠原。私から言わせてもらえば、あんたらは今もバカップルに見えるわよ」

「えー…?」

「ま、そういうことは本人に言うべきじゃないの?」

「そ、そうだけど…」



鞄を持って立ち上がる。



「ごめん、ちょっとトイレ」

「あ、うん」



私の言葉を信じて疑わない彼女をよそに、気付かれないよう出口へ向かう。
そこで話題の彼とすれ違う。



「あと頼みます」

「すまんな、」

「いいえー、その代わり今度私の昼食おごってくださいね」



ふざけた調子で返すと、彼は相変わらず苦笑を浮かべていた。



+++



急に自分の前の席に男の人が座った。
顔をそむけていて、誰だかわからない。

…え!?そこ柴崎の席なんだけど!?



「郁、」



名前を呼ばれて気付く。



「篤さん…」

「言いたいことがあるなら言え。じゃないと俺にはわからん」



言いつつ頭を撫でるなんてずるい。
涙腺が緩む。
けれど、ここはお店だ。
泣いちゃダメ!



「篤さん、私のこと…好きですか?」

「…何だ急に」

「ほら!前までなら『ああ、好きだ』とか言ってくれたのに!」

「あぁ…そういうことか」

「やっぱり私のこと嫌いになったんですね!」

「落ち着け、郁。俺はお前のこと、その…好きだし、愛してる。最近は恥ずかしくて言わなかっただけだ。…悪いか」

「えー…」

「何だその目は」

「いや…何というか…」

「その分行動で示していたはずなんだがな…」



〔愛が足りない〕



(でも…まだ足りません!)(そうか、なら今夜覚えておけ。俺がどれだけ愛しているかわからせてやる)

御題元・Silence

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