短編A
□あなたは知らない
1ページ/1ページ
「…」
深い眠りから目を覚ます。
時計を見ようと寝返りをうつと、細い腕が邪魔をした。
腕の持ち主を見ると…寝ていた。
起こしたのかと焦った俺が馬鹿みたいだ。
「篤さん、…」
名前を呼ばれ顔を上げるが、郁が起きた様子はない。
もう少しだけ寝よう、そう思ってずり落ちた布団を引っ張りあげる。
「消え、ないで…」
はっとした。
郁はまだ眠っていた。
ただ、涙をこぼしながら。
優しく涙を拭い、郁を抱き締める。
「消えない。消えないから。だから…」
泣くな。
お前が泣くと、俺の思考は止まってしまうから。
お前は知らない。
自分が寝ているとき泣いていることを。
お前は知らない。
俺がそれをみてどんなに愛しく思うか。
どんなに胸が締め付けられるか。
〔あなたは知らない〕
(…俺が、どれだけお前のことを想っているか)
御題元・Silence