短編A
□大好きだった。
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「…郁」
「なんですか?」
珍しく休みがとれた今日。
デートしよう、と郁にメールすると、すぐにOKの返事がきた。
『どこか行こうか』
『いや、篤さんの部屋でのんびり過ごしたいです』
だから今、お互いに背中を預け本を読んでいた。
背中に感じる温もりがあたたかすぎて。
無意識に名前を呼んでいたらしい。
「…いや、なんでもない」
「え、気になるんですけど…」
「本当になんでもないから」
「本当ですか?」
後ろを見ると、彼女は俺のほうを見ていた。
その真っ直ぐに見つめる目が好き。
短めで少し癖のある髪が好き。
柔らかい唇が好き。
いつも短く手入れされている爪が好き。
彼女をつくっている全てが、愛しくてたまらない。
「大好きだったんだ、」
一度言葉をきる。
「もう、そんな言葉じゃあらわせない。…愛してる」
彼女は俺の背中に抱きついてきた。
本がバサリと音をたてて落ちる。
〔大好きだった。〕
(私も、…愛してます)(知ってる)
御題元・Silence